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49 続 前夜
喫茶店を後にした4人
ユイと菱和、上田とユウスケは方向が同じなので店の前で別れた
星が疎らな夜空の下、ユイと菱和は並んで歩いた
「はー‥‥明日かぁ。楽しみだなぁ。ね、アズも楽しみ?」
ユイは菱和の顔を覗き込んだ
菱和はいつものように生返事をする
「‥‥ん」
「‥‥‥‥んふふー」
覗き込んだまま、ユイはニヤニヤと笑った
「‥‥何だよ」
「別にー!あー、楽しみすぎて今日は寝れないかも!」
「寝不足でステージ上がったら最悪だぞ」
「ダイジョブ!どんだけ酷い顔してても多分照明でわかんないよ!」
「‥‥顔だけじゃなくてさ」
週末の街は普段よりも活気づいており、一杯ひっかけたサラリーマンや飲み屋を梯子する若者の姿がちらほら
ふと、ユイは立ち止まった
「‥‥‥‥あのさ、も少し、時間ある?」
「‥‥ん?」
「なんか、まだ帰りたくないっていうか‥‥‥‥もうちょっと喋りたいなー‥‥って」
このまま別れるのが名残惜しく、迷惑だと思いつつもそわそわしながら自分の思いを吐露する
菱和は携帯を取り出し、時計に目をやった
時刻は22:30を回っていた
「‥‥、良いよ、別に」
いつもより穏やかな声で、菱和は返事をした
駅前通りに点在する広場と、その中にある休憩用のベンチ
二人はそこを目指すことにし、再び歩き出した
広場にはスケボーやストリートダンスの練習をする若者や、デート中のカップルが所々に居た
適当に空いているベンチを見付け、並んで座った
「‥‥‥‥ごめんね。俺の我が儘に付き合わせて」
「別に。家帰っても一人だし、何もすることねぇし」
「あ、そっか!アズ一人暮らしだもんね」
菱和は煙草に火をつけ、怠そうに喫い始める
ユイは膝を抱え、ベンチの上で丸くなった
「‥‥‥‥俺ね、めっちゃ淋しがり屋なんだ。スタジオの後とかライヴの後とか、今日もだけど、楽しい時間のあとはすっげぇ空しくなっちゃって、家に帰りたくなくなるんだ」
「‥‥誰もいないのか?」
「うん。ここんとこずっと一人。父さんは俺が高校入ってから出張多くて、春までは兄ちゃんが居たけどもう地方行っちゃったし」
ユイが語る家族構成に、何処の家庭にも大抵はいる筈の人物が登場しない
尋ねても良いものかどうかほんの少し悩んだが、菱和は思い切ってユイに訊いてみた
「──────‥‥‥‥‥母親は?」
「‥うち、父子家庭なんだ」
ユイは軽く笑い、そう答えた
“母”というワードが出てこない時点で何となく想像はついていた
しかし、家庭の事情をそれ以上追求する必要性は感じず
菱和はほんの少し頷き、煙草の煙を吐いた
「‥‥アズは、一人で家にいて淋しくならない?」
「もう慣れた」
「そっかぁ‥‥。アズは、大人だね。俺なんかより、ずっと」
「んなことねぇと思うけど」
「ううん。俺、いつまで経ってもガキだなって思ってるもん」
「‥‥ガキなのと淋しがり屋なのはまた別の話だろ」
「そう、かな?」
「大人になっても、淋しがり屋の奴は沢山居るよ。楽しい時間の後に空しくなるのも別に普通のことなんじゃねぇの」
「アズも、そうなる?」
「‥‥今まであんま“楽しい”って思ったことねぇからいまいちわかんねぇけど、名残惜しいって気持ちは少しある」
「今日は、楽しかった?」
「うん。すげぇ楽しかったよ、“二次会”も含めて」
「‥そっか!良かった!」
ユイは、にこっと笑い掛けた
「──────多分、お前と居るから楽しいのかも」
菱和は、ぽつりと本音を呟いた
ユイは目を丸くし、何度か瞬きをして確認する
「‥‥‥‥、ほんとに?」
「うん」
「俺と居て、楽しい?」
「うん」
「俺、いっつもうるさくしてるのに?落ち着きないのに?」
「今更じゃん、そんなの」
「いや、そうだけどさ‥‥って、やっぱそう思ってた?」
「‥‥『いっつも元気だな』くらいにしか思ってねぇ」
「あ、そう‥‥‥」
うるさくて落ち着きがないところは、ユイは短所として自覚している
周りにいる友人はそれが長所でもあると捉え、菱和が口にした通り『いつも元気な奴』という印象で見ている
ユイは菱和も同じ印象を抱いているということが嬉しくもあり、切なくもあり、複雑な心境になった
膝を抱えたまま、ゆらゆらと軽く体を揺する
菱和は煙草を踏みつけ、火を消した
夜空を仰ぎ、ユイに一言云った
「‥‥お前は、そのまんまがいちばん良い」
ゆっくりとユイを見て、穏やかに笑む
───笑った
笑って欲しい
いつもニコニコじゃなくて良いから
もっと、アズの笑顔を見てみたい───
常々そう思っていた
その筈なのに
いざ見せられると
どうして良いかわからなくなる
不意打ちのような菱和の笑み
酷く穏やかな顔に、心臓が鳴るのがわかる
気付けば菱和はいつもの顔に戻っていた
ほんの僅かの間の、滅多に見られない菱和の笑顔
ユイの脳裏に焼き付いたそれは、未だ心臓を打ち付けている
当然ながら、菱和には自分が笑ったことでユイの心臓の鼓動を加速させているという自覚は無かった
「‥‥っていうかさ、“そのまんま”って、子供っぽいままで良いってこと?」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥何で黙るのさ!」
「‥‥別に」
菱和は、少しだけ笑った
今度は、意地悪な顔をしていた
「さて。日付変わる前に、帰るか」
「‥‥うん、そだね」
ユイの顔を見ると、まだ名残惜しそうにしている
見兼ねた菱和は軽く溜め息を吐いて、膝を抱えたままのユイの前に立った
「‥‥‥‥もし一人で居てどうしょもなくなったら、連絡しな」
「‥え‥‥?」
「電話でもメールでも、会ってこうやって直に話すんでも良い。気が済むまで付き合うから。それでお前の気が紛れるなら、幾らでも相手になるよ」
見上げた菱和の顔
鬱陶しい前髪が風に揺れ、その眼差しが街灯の灯りにほんのりと照らされる
優しい、眼差し
何故、そこまでしてくれるんだろう
アズと居るのは、凄く好きだ
出来れば、もっと沢山時間を共有したい
だけど、そんなことをしたら迷惑なだけなんじゃないか
今だって俺の我が儘に付き合わせちゃってるのに
俺はアズに何も返せないかもしれないのに
アズは優しい、良い奴だ
「‥‥‥‥良いの?そんなこと云っちゃって。夜中にいきなり電話しちゃうよ?寝てても起きるまでかけ続けるよ?それでも良いの?」
「ああ」
「俺、話長いよ?アズが飽きて喋らなくなっても、ずっと喋ってるよ?」
「うん」
菱和は表情を変えず、ユイの言葉に返答した
本当に、真夜中の長電話にも嫌な顔一つせず付き合ってくれそうだ───そんな気がした
「覚悟、しといてね」
「‥‥上等だ。いつでも来やがれ」
菱和は、また柔らかく笑った
ユイがどんな顔で笑うかを、菱和はよく知っている
ユイもまた、菱和の笑った表情がどんなものなのかを知った
どんな表情であっても
いつも、そのままで居てくれることが、嬉しい
2人は、互いの存在が大きくなっていることを実感していた
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