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48 前夜
ライヴ前日
リハーサルを行う為、ユイたちはライヴ会場である“Sound HALL”に向かった
ステージではSCAPEGOATがリハの最中で、ユイたちは隅っこでリハの様子を観ていることにした
ハジはユイたちに気付き、歌いながら軽く手を上げた
菱和は、このとき初めてSCAPEGOATのメンバーの音を聴いた
ハジはリハとはいえ本番宛らのような迫力があり、よく通る声だった
ヴォーカルとしての魅力が十分にあった
上田が使用しているギターは淡い色のストラトキャスターで、チャラい見た目に反し、どこか哀愁漂う音色だった
ユウスケのベースは、やたら不規則に動くベースラインだった
決して耳障りではなく、寧ろ心地よさを感じる
ケイは終始ニコニコしながらドラムを叩いている
女子に見られがちな小柄で可愛い見た目とは裏腹に、存在感のあるドラムだった
“楽しそう”という印象は、上田を始め、他のメンバーも変わらない
「ユイ、外出てなくて大丈夫?」
「うん、平気!駄目そうなら出るから」
「SCAPEGOATは何味なんだっけ?」
「ブルーハワイ」
「かき氷の?」
「うん。爽やかな感じ」
「‥‥まぁ、何ていうか、納得できる」
「っつうか、一人ひとりの音はまた違うんだよな?」
「違うよ。でもグッチャグチャに混ざってわけわかんなくて吐きそうになるから、何とか全体的に聴くようにしてる」
「訓練して出来るようになったんだよな」
「そうそう、慣れるまで結構大変だったんだよ!」
「‥‥便利なんだか不便なんだか」
「慣れれば楽しいけどね、色んな味して」
「‥‥‥‥変な奴」
「‥余計なお世話だし!」
ユイは唇を尖らせた
SCAPEGOATのリハが終わり、ハジたちがステージから降りてきた
「よー、お疲れー」
「お前、あんな飛ばして明日大丈夫なの?」
「ヘーキヘーキ!俺、無敵だから!あっちゃんたち、次っしょ?俺ら休憩がてら観てっから」
「ああ。じゃ、準備しますか」
「宜しくお願いしまーす」
ユイたちはハジたちと入れ替わり、ステージで準備を始めた
PAと返しの調整を行いながら、ライヴでやる楽曲を演奏し始めた
「ほんと良いね、菱和くんのベース」
「うん。まだ加入して間もないのに、ちゃんと馴染んでる」
壁に寄りかかってHazeの演奏を聴いているSCAPEGOATのメンバーは、率直な感想を述べる
それを聞いて、上田がぽつりと呟いた
「‥‥それって、ユイの所為かもな」
「ん?何で?」
「俺はクラス違うけど、ユイと拓真と菱和はガッコでずっと一緒にいるから、さ。拓真よりユイの方が一緒にいる時間断然長いし、良いのか悪いのか知らんけど何かしら影響受けちゃってんじゃないの、菱和も」
「なるほど。ゆっちゃんと菱和くんてアンバランスだと思ってたけど、意外と良い組み合わせかもしんないな」
ハジが頷いて納得する
「‥‥それ、背の高さのこと云ってる?」
「まぁ、こんなこと云っちゃ悪りぃけど、背はアンバランス過ぎるな」
「あーあ、リハ終わったらユイにチクろ」
「あっ、てめっ!」
上田とハジはふざけて小突き合いを始めた
***
「やぁ、精が出るねぇ」
ユイたちのリハが終わった頃、マンスリーライヴの主催者である照が現れた
40代くらいの風貌でありながら、髪を明るく染め眼鏡を掛けており、実年齢よりもずっと若く見える
ユイたちがバンドを組んだ辺りからの顔馴染みでもある照は、気さくに声をかけてくる
「あ、こんにちはテルさん!」
「すいません、今回も我が儘きいてくれてほんとに有難うございます」
「いやいや、他のバンドもジョイントとかやりたがってたからちょうど良かったよ。やっぱ、こっち側もどんどん新しいことやってかなきゃね」
「助かります、マジで」
「君たち見てるとさ、なんかこう、自分の若いときを思い出すなぁ。良いよねぇ、若さが滾ってて」
「テルさんも出れば良いじゃないすか、ドラム叩けるんだし」
「ははっ。今忙しくてね。またの機会にするよ。‥‥他のバンドも張り切ってるから、明日は宜しくね!」
「はい、お願いします!」
対バンを申し出るバンドは他にも居るのだが、最初にジョイントをやりたいと云い始めたのはアタルやユウスケだった
『どうせやるなら楽しいことをやりたい』というアタルたちの意見を、照は『面白そうだから』という理由であっさりと快諾した
それをきっかけに、照はマンスリーライヴにジョイントの形態を組み込むようにした
毎回ではないにしろ、それなりに人気のあるバンドが共演するとライヴ自体も成功するので、頼めば大抵は許可が降りる
HazeとSCAPEGOATは、ジョイント用の2曲を合わせることにした
話し合っただけで上手くいくほど簡単ではない楽曲を選んでしまったことを少しだけ後悔しながら、全員が曲に集中する
それぞれが目配せをしながら、難しそうな部分は入念にチェックしていく
リハが終わった頃、時間の許す限り調整を行う8人は汗だくになっていた
***
外へ出ると、既に陽は落ち真っ暗になっていた
風に晒された素肌がとても涼しく感じる
アタルや拓真、ハジ、ケイはこの後バイトを控えており、取り敢えずこの場で解散することになった
残った4人は、カフェでだらだらとすることにした
「ゆっちゃん、喫煙席でも大丈夫?」
「良いよ、全然気にしないから!」
「あ゙ー、マジ煙草喫いてぇ」
菱和とユウスケはブラック、ユイはキャラメルマキアート、上田はハニーラテを注文し、それぞれ注文したものをカウンターで受け取り、喫煙席へ向かう
人も疎らなカフェは、陽気なジャズが流れていた
「‥そっか、こん中で煙草喫わないのユイだけか」
上田は着席するなり、早速煙草を取り出す
「上田って何ていうやつ喫ってんだっけ?」
「マルメンライト」
「まるめん?」
「マールボロメンソールライト。知らない?」
「興味ないもん、煙草なんて」
「そっか、そうだよな‥‥」
「JPSか。渋いね。菱和くんにぴったり」
「‥‥‥‥、HiーLiteもかなり渋いすね」
「んー。やっぱこれじゃなきゃね、駄目なんだ」
「よくそんなキツいの喫えるよなー」
「キツいのが良いんじゃんよ。この脳天に突き刺さる感じ、堪んないねー」
「うへ、ユウスケって地味にMだよな」
「いや、ドSだし」
三者三様、お気に入りの煙草を味わう姿を軽く見回し、ユイはキャラメルマキアートを一口飲んだ
「たけちゃんって、煙草喫わないっけ?」
「うん。喫わないよ」
「そうだっけか。なんかあっちゃんと混ざっちゃってんな‥‥まぁ、喫わないに越したことないわな。全然良いことないし」
「そだね、気軽に喫える場所はどんどん減ってくしなー」
「良いことないのに、何で喫うの?」
ユイの素朴な疑問に、3人は押し黙る
「‥‥‥‥‥‥、何でかな、わかんない。いっちーは?」
「うーん‥‥‥‥わかんね。菱和は?」
「‥‥‥‥‥さぁ‥‥」
「‥‥まぁ、ビョーキだよね」
「ん、完全にニコ中だね」
上田とユウスケはニヤニヤしながら顔を見合わせた
菱和は黙ってコーヒーを啜る
「‥‥俺も煙草喫えたら、そういうのわかるのになー」
ユイは溜め息を吐いて、椅子にだらしなく座った
「そんなもんわかんなくたって良いよ」
「そうそう。わからない方がきっと幸せだから」
「んー‥‥でもさー、煙草も喫えないなんて子供臭いっていうかさー‥‥」
「全然そんな風に思ってないけど?」
「うん。ユイはまだ上る必要がない『大人の階段』なんじゃないの」
「別に二十歳になったからって皆が皆上る階段じゃないけどね。‥‥てか、いっちーも菱和くんもほんとはまだ喫っちゃ駄目な年だからね?」
「んなこたぁわーってるよ。俺の周りでバカスカ喫ってるユウスケたちが悪い!」
「人の所為にすんなっつの」
ユウスケは自分のことを棚上げする上田の頭を軽く叩いた
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