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45 Sår knivhuggen med en kniv
───‥‥‥‥良い匂い
目を覚ましたユイは、ぐりぐりと枕に顔を押し付けた
自分の寝具からは嗅ぎ慣れない匂いが鼻を擽る
すっきりとした香りにほんのりと甘さが混ざる、ユニセックスな印象の香水
そして、煙草の匂い───
ユイはゆっくりと目を開け、今自分が居る場所が自室ではないということに気付いた
気付くや否や勢いよく起き上がり、辺りを見回した
ベッドの横に置かれた小さな机
机の上には吸い殻が残る灰皿
部屋の片隅にはゴミ箱
床には数冊の音楽雑誌
正に、『寝る為だけの部屋』という印象だ
ユイはまだ少し眠気の残る頭と身体を何とか動かし、寝室を出た
リビングへ行くと、しんと静まり返っており、トマトの酸味のような匂いが漂っていた
昨晩良いだけ食べた筈の夕食が寝ている間にすっかり消化され、既に空っぽの胃を刺激する
テーブルには飲み掛けのコーヒーが入ったマグがあり、ソファには昨夜菱和が着ていたシャツがだらしなく置かれていた
キッチンの奥の方から扉の開く音が聴こえ、菱和が出てきた
菱和は濡れた髪をバスタオルで拭きながら脱衣所から出てくる
シャワーを浴びていたらしく、上は裸、下は少しウエストの大きいジーンズを穿いており、下着が少しだけ見えていた
「‥‥ん、起きた?」
まだ濡れている菱和の髪から、ぽたぽたと水滴が落ちる
細い腰に色白の肌、筋肉質な腕や身体
妙な色気が漂う
───“水も滴る何とやら”
そんなことを思ったが、まずは開口一番菱和に謝罪をした
「ご、めん!俺、夕べ寝ちゃったんだね‥‥泊めてくれて、有難う」
「‥‥よく眠れた?」
「うん、爆睡だった。てかアズ、どこで寝たの?」
「ん?‥‥そこ」
そう云って、菱和はソファを指差した
「‥‥‥‥ベッド占領しちゃって、すいませんでした」
「いえいえ」
菱和は少し口角を上げ、キッチンの換気扇を回して煙草に火を付けた
「‥‥ミネストローネ食える?」
「あ‥うん。食べれるけど‥‥」
「そ、んじゃ今あっためる。さっき佐伯から連絡来た。も少しで来るってさ。飯食って待ってな」
菱和はバスタオルを肩に掛け、煙草を喫い続けた
トマトの酸味のような匂いの正体は、菱和が起床してから作ったミネストローネだった
ついつい長居して寝てしまった自分をわざわざベッドに運んでくれた
家主である菱和をソファに寝かせてしまった
おまけに、自分より早く起床し朝食の用意までしてくれていた
昨晩から至れり尽くせり状態のユイは、唇を尖らせて申し訳なさそうにした
少し温くなったミネストローネの入った鍋を火にかけると、菱和は突っ立ったままのユイの側まで来る
「‥‥どした、座ってれば」
「う、うん」
促され、ソファに座ろうとしたユイは意識が別のところにあり、テーブルに足をぶつけてよろける
「───ぉわっっっ!!!」
「危ねっ‥───」
菱和は咄嗟に手を伸ばし、ユイの腕を掴んで引っ張った
菱和の力で容易く持ち上げられるほど軽いユイは簡単に引き寄せられ、あまりに拍子抜けした菱和はソファの縁に足をぶつける
2人は体勢を崩しそのままソファに倒れ込んだ
菱和はソファの肘掛けに頭を、ユイは菱和の胸板に顔を打った
菱和から、香水ではなく石鹸の香りがした
「───いってぇー‥‥‥」
「ご、めっ‥‥大丈夫‥!?」
ユイは鼻を擦りながら、慌てて菱和から身を離した
そして、肌蹴たバスタオルから覗く菱和の身体に絶句した
顕になった菱和の上半身
左の鎖骨の下辺りに、歪んだ傷痕があった
皮膚に残る生々しい傷痕に悪寒が走ったユイは、いつものように空気を読まず『その傷、どうしたの?』などとは云えなかった
視線の先に気付いた菱和は、無表情でユイを見つめた
菱和は傷を隠すつもりは全く無く、見られたなら見られたで別に構わないと端から思っていた
しかしユイは、見てはいけないものを見てしまったような、何か云いたげな、でも云ってはいけないような、そんな顔をしている
菱和は、ユイの機微を何となく感じ取った
「──────ユイ」
菱和が“ユイ”と口にしたのは、これが初めてだった
ユイは名前を呼ばれ、弾けるように反応する
「───は!‥あ、‥‥‥‥」
菱和はゆっくりと、ユイの顔に手を伸ばした
──────あ
多分、これは、今までとは違う
事故とはいえ、“見てしまった”
今回は流石に、菱和も怒っているかもしれない
この手は、一秒後には自分の頬を殴り付けているかもしれない
痛いのは嫌だ、殴られるのは嫌だ
しかし、それは最早仕方のないことだ
取り返しのつかないことをしてしまったと感じたユイは菱和に殴られるのを一瞬のうちに覚悟したが、菱和はその意に反してユイの額に軽くデコピンをした
「───ってぇっ!」
「‥‥‥‥そうやってぼーっとしてっから蹴躓くんだろ。‥‥怪我ねぇか?」
顔を上げると、菱和からは傷を見られたことを気にしている様子や怒っているようなオーラは微塵も感じられず、ただ呆れ返っているようにしか見えなかった
ユイは額を擦りながら、返事をした
「‥あ、うん‥‥平気‥‥‥‥」
ドアが開く音がした
それと同時に、拓真の声がする
「ユーイ、迎えに来たぞー‥‥───」
拓真の目に飛び込んできたのは、上半身裸の菱和に馬乗りになっているユイ
拓真から見ると、あまりにも不自然な状況だった
3人は、目が合いながらも硬直する
「───何してんの」
「え‥あ、いや、何も‥‥」
慌てふためくユイ
菱和は溜め息を吐いて、髪を掻き上げながら心底残念そうに呟いた
「‥‥‥‥あー‥‥俺もう嫁に行けねぇわ」
ユイは思わず菱和の顔を見た
まさかとは思いつつも、拓真は面白がってユイをからかい出した
「え!?もしかしてユイ、押し倒しちゃったの!?うわぁ、真っ昼間からそれヤバくね?」
「‥何!?俺何もしてないし!!アズも、“嫁”って何だよ!アズは男だろ!?」
「あー‥‥傷付いた。益々傷物にされた」
菱和はバスタオルで顔を覆った
「ははは!ユイ、やべぇことしちまったなー!どうやって責任とるんだー?」
「もおぉ、2人してからかうなよっ!!あのねー、‥‥‥‥」
ユイは漸く菱和から降り、慌てて拓真に弁解し始めた
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