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43 “synesthesia”
明日は学校が休みだということもあり、ユイと拓真は菱和のアパートに長居している
音楽の話、学校の話、バンドの話
他愛もない会話が続く
「ヌーノってほんとヤバいよね!あれフルピッキングなんて絶対無理だから!」
「でも出来るようになったじゃん、それなりに」
「てかライヴビデオ観たらフルピッキングじゃなかったんだよね、それでも速過ぎて指死にそうになるけど!」
「うん、あれは死ねそうだわ。俺、あれ観てギターじゃなくてほんと良かったと思った」
「そう?てかドラムもヤバいじゃん」
「単純なことしかしてないし。あれについてくベースもなかなかヤバくない?」
「アズ、ピック使わないであれ弾いてるよね?」
「‥‥オルタネイトの方が多分良いんだろうけど、ピック嫌いなんだ」
「そういや前にも云ってたよね。何で?」
「ガリガリ煩ぇから」
「俺は指弾きのベースの方が好きだな」
「どっちかってと、俺も指弾きの方が好き!やっぱ音が柔らかいよね!」
「でも、あっちゃん音に拘る人だから、そのうち『ピック使え』って云ってくるかも」
「使わざるを得なくなったら、使うよ」
「無理なことは無理ってはっきり云って大丈夫だからね!」
「ん。そういうのはちゃんと云う」
「あっちゃんて、“苦い”くせに“甘い”から面倒臭いんだよね。ほんと、中身とそっくり!」
「チョコボンボン味だっけ。めっちゃイメージ通りなんだけど」
「ね!甘いのに苦いなんて意味不明だし!」
「大人っぽくて良いんじゃない?色気あるしなぁ、あっちゃんのギターって」
「そう、それだ!あっちゃんに“ボンボン”とか可愛過ぎるもん!」
菱和は2人の会話の端々にある一つのワードが気になった
音楽の話題に付随する、“味覚”
「──────“味”?」
「あ、そういやまだ云ってなかったっけ。俺特異体質で、音聴いたら“味”すんだよね!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥いまいちよくわかんねぇんだけど」
「“共感覚”っていって、感覚的に音に風味を感じてるみたい。『聴覚と味覚を同時に感じる』、ってイメージかな」
拓真はユイの特異体質について首を傾げる菱和に説明をした
「‥‥キョウカンカク‥?」
「“シナスタジア”っていうんだって!ヌーノは芳香剤みたいな味で、ポール・ギルバートはカラフルなキャンディーの味!」
拓真は突っ込まずにはいられなくなる
「‥お前、芳香剤食ったことあんの?」
「無いよ!無いけど、なんか薔薇みたいな感じの味なの!」
「薔薇、食ったことあんの?」
「だから、無いってば!他に表現しようがないんだもん!てか、薔薇味のアイスとかあるじゃん!あんな感じ!」
「‥‥‥‥ふぅん‥‥変わってんな」
何となくイメージが出来た菱和が頬杖をついて頷くと、拓真は半ば呆れたような顔をする
「だろ?完全に色々拍車掛かってんだよ」
「“色々”って何だよ?」
「別にー。“変”って云われるの嬉しいだろ」
「嬉しいってか、わくわくする」
「ほーら、変わり者」
「変じゃないって!ちょっと変わってるだけ!」
「同じじゃん。どっちも“変”って漢字だろ」
「違うんだってば!あーもう、どうしたら伝わるかなぁ‥‥」
頭を掻くユイと、悪戯に笑う拓真
他愛もない夜が、まったりと更けてゆく
「もうこんな時間か。そろそろ帰ろー、ユイ───」
時計に目をやった拓真が立ち上がろうとすると、ユイはソファに突っ伏し、寝息を立てていた
「‥‥寝てるよ、おい」
「寝不足だっつってたもんな」
「ほんと、本能に忠実だな‥‥こいつさ、ライヴ前になるといーっつも引くくらい練習するんだよ。夜通しおんなじの弾きまくってんの。変態なんだよね」
「‥‥‥‥それ、あっちゃんも云ってた」
「あ、そう?ひっしーもそう思わない?」
「‥‥まぁ、よっぽど好きなんだなとは思うけど」
「ふふっ。云えてる。‥‥おいユイ、もう帰んないと‥‥」
「‥良いよ、起こさなくて。明日休みなんだし、このまま泊まらす」
拓真はユイの肩を揺すったが、菱和が制止する
「え‥‥そぉ?預けてっちゃっても大丈夫?」
「ん。構わねぇよ」
「ほんとに?じゃあ、明日迎えに来るわ。悪いけど、宜しく頼んます!」
「おう、気ぃ付けて」
拓真は早々に帰り支度をし、玄関へ向かった
菱和は玄関先で拓真を見送り、施錠した
時刻は間もなく日付を越えようとしている
夕餉の香りと会話の余韻が残る室内
ソファに突っ伏したままのユイから、静かに寝息が聴こえた
“好き”だと自覚した相手が、無防備に眠っている
ふわふわとした髪が柔らかそうに跳ね、童顔の無邪気な寝顔は単純に“可愛い”と感じられる
菱和はユイをベッドに運ぼうとし、担ぎ上げた
「‥‥軽っ」
すっかり眠りに入り脱力しているユイの身体は想像していたものよりもずっと軽く、思わず声に出てしまう
───華奢だな。この細っこい身体の一体どこにあの元気が詰まってんだか
そう思いつつ、菱和はユイを軽々と抱き、寝室のベッドへと運んだ
枕にゆっくりと頭を置くと、ユイが唸った
「‥んんー‥‥‥‥」
軽く口を開けて眠るユイ
音に味を感じる、蠱惑の口
菱和のベースの味も、この口内には広がっていた
菱和はそっと、ユイの唇を指でなぞった
───俺は、“何味”なんだろうな
何度か唇をなぞっていると、ユイは突然菱和の指を噛んだ
口に含み、甘噛をする
「‥って」
さほど痛みはなかったが、思わず声に出てしまう
軽く囓られた指をゆっくり抜くと、ユイはふにゃふにゃと寝言を云った
「‥‥も‥‥食えな、い‥‥‥‥───」
そして、また寝息を立てる
───夢ん中でまで食ってんのかよ
好意を寄せる相手の、無邪気な一面
菱和はくす、と笑い、ユイの身体にタオルケットを掛け、寝室から出て行った
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