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35 一過
「取り敢えず病院行くぞ。リサも念の為検査してもらえ。お前らは‥‥放っといても良いか」
アタルは喫いかけの煙草を放り、踏みつけて火を消した
ユイと拓真は、口々に文句を云い出す
「そうやって差別するのが一番良くないと思いまーす!」
「そうだそうだ、リーダーのくせに」
「うっせぇな!お前らふたり歩いて帰らすぞ!!怪我してねぇんだろ!?とっとと行くぞ!リサ、来い」
どちらかというと、女には甘いアタル
リサの肩を抱き、先に部屋を後にした
「歩ける?」
「‥‥何とか」
「ほんとはおんぶ出来たら良いんだけど‥‥俺じゃチビ過ぎて流石に無理だから」
「確かに無理だな。菱和、掴まって」
ユイは菱和の左腕を自分の肩に回した
拓真も菱和の右腕を取り、多少ふらつきながらも二人で菱和を立ち上がらせた
菱和の歩みに合わせ、ユイと拓真はゆっくりと歩き出した
時折、菱和は痛みで顔を歪ませた
歩みを進める毎に、その顔から血液が落ちる
見た目には、菱和は重傷である
「菱和、痛いんでしょ。ってか、痛くない筈無いよね‥‥もう少し頑張って」
「もっと早く来れれば良かったな。まぁ、来ても俺らは喧嘩は出来なかったけど」
「でも、何とか間に合った‥‥かな?あっちゃん、結構飛ばしてくれたよね」
「何だかんだ云ってなー。超ギリギリセーフってとこなんじゃない?」
「骨折れてなきゃ良いね」
「そうだな‥‥なるべく早く治ると良いけど」
「始業式に包帯とかバンソコしてたら、クラスのみんな吃驚しちゃいそうだよね!」
「‥‥そゆことじゃなくてさ」
ユイと拓真は、歩きながらそんな会話をした
「──────ごめん」
「ん?え、何が?」
「‥‥‥‥」
菱和は俯きながら重い口を開いたが、きょとん顔のユイと拓真の問いに答えることなく黙ってしまった
何人もの無関係の人間を下らない諍いに巻き込んでしまった
罪悪感を抱かないわけがない
だが、ユイと拓真はそこまで気にしていない様子
「───リサを護ってくれて、ありがとね」
「菱和が居てくれなかったら、どんなことになってたか‥‥ほんとに有難う」
暫し神妙な面持ちの菱和を見つめ、ユイも拓真も、礼を云う
こんな騒動を起こしたのにも拘らず───心からの謝罪に対する返事は、心からの感謝だった
───なんか
「───お前らって、良い奴だな」
少し口角を上げて、菱和はそう呟いた
「でしょ?今頃わかった?‥なんつって!」
「‥‥菱和だって、めちゃめちゃ良い奴でしょ。知ってるよ、俺ら」
ユイと拓真は、にっこり笑った
***
救急病院に行くと、リサはすぐに帰宅しても差し支えなかったが、菱和は処置に時間がかかるとのこと
3人は菱和を残して、アタルに送られて帰宅した
一瞬だけ『本物の喧嘩』に加わったことは、ユイにとってはちょっとした冒険気分だったよう
帰宅後、ユイは気持ちが昂っていてなかなか眠れなかった
掌を見ると、菱和のものであろう血液がほんの少し付着していた
菱和の顔は、痣と傷だらけだった
きっと今頃、初めて菱和に声を掛けた日以上に、顔中に絆創膏が貼られていることだろう
───‥‥‥もしかして、‥‥
ふと、自分が菱和をバンドに誘わなければ今夜のようなことは起こらなかったのではないか、と思い始める
そうすれば、リサを拐われることも菱和が怪我をすることもなかったのではないか、と
菱和の加入にすっかり浮かれてしまっていたことを猛省し、その辺にあったクッションに顔を埋めた
突然、携帯が鳴った
携帯の画面には、菱和の名前があった
ユイは、直ぐ様通話ボタンを押した
「もしもし?菱和?」
『‥もしもし』
「どうしたの?」
『‥まだ起きてた?』
「うん‥‥なんか、眠れなくて」
『そっか‥‥大丈夫か?』
「うん。俺はどこも怪我してないし、大丈夫だよ。菱和こそ、まだ病院?腕大丈夫?」
『さっき帰ってきた。手首、ヒビ入ってた』
「うぇっ、ほんと!?家事とか、一人で大丈夫‥‥?」
「ああ、暫く実家帰る」
「そっか‥。‥‥でも、折れてなくて良かったぁ‥‥」
『まぁ、通院はしなきゃなんねぇけど。‥‥云ったろ、“大したことねぇ”って』
「大したことだよ!!そんな怪我させちゃって‥‥」
『‥‥‥‥やっぱり』
「ん‥?何?」
『‥‥何となくだけど、気にしてんじゃねぇかなと思って。今、“させちゃって”とか云ったし』
「‥だって‥‥そうでしょ。最初から、そう簡単に抜けれるような感じじゃなかったんだよね。俺、勝手に舞い上がっちゃってた。ほんとに‥‥ごめん」
『‥‥お前が責任感じる必要、全く無いから』
「‥‥、でも‥」
『‥‥‥‥俺は、お前が誘ってくれて嬉しかったよ。お前らとバンドやりてぇって、ほんとに思った。だから、絶対抜けるって決めた。まさか、骨イっちまうとは思わなかったけど‥‥でも、お前らとバンド出来んなら、こんな怪我どうってことねぇから。ほんと、そう思ってるから』
「‥‥‥‥‥、‥‥うん‥」
『ん。‥‥っつうか、すんなり脱退出来てりゃこんなことになんなかったんだよな。誘って貰ってこの様じゃ、顔向け出来ねぇな。折角“あだ名”まで付けて貰ったのに、申し訳ねぇけど』
「‥‥え?」
『いや、こんだけ迷惑かけちまって明日から「はい宜しく」ってのは幾ら何でも都合良過ぎだろ。‥‥誘ってくれただけでも、十分だから』
「‥え、ちょっ、ちょっと待って!菱和、一緒にバンドやるよね?俺らのバンドでベース弾いてくれるんだよね!?」
『‥‥‥‥‥‥』
「‥‥弾いて、くれるよね?」
『‥‥‥‥ほんとに俺で良いの?』
「当たり前でしょ!云っとくけどね、満場一致なんだから!拓真だってあっちゃんだって‥‥」
『‥‥‥‥』
「‥‥、菱和?」
『‥‥腕治るまで、待ってて貰える?』
「勿論!みんなで、待ってるから!」
『‥‥そっか‥‥‥‥』
「‥菱和ぁ」
『うん?』
「ほんとに、ありがとね!俺めちゃめちゃ楽しみにしてるから!」
『‥‥ん』
「お大事に、ね」
『ん。‥‥んじゃ、また』
「うん、おやすみ!」
誰かと共に楽しめる居場所を求めて、菱和はHazeに加入することを決めた
怪我をしようが血を流そうが傷だらけになろうが、それでもHazeに加入することを望んだ
そして、それと同じくらいに自分の大切な幼馴染みを大事に想い、護ってくれた
ユイは、心から菱和に感謝した
ステージでベースを弾いていた菱和の姿が思い返される
そして、自分たちと同じステージに上がり、自分の横でベースを弾く菱和の姿が思い浮かぶ
どちらの菱和のベースも、ユイの口の中を円やかな甘さでいっぱいにした
長い長い夜が更けてゆく
ユイは次第にうとうとし出し、明け方になってから漸く眠りに就いた
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