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114 「Only yesterday you lied‥‥」
「そだ。これ知ってる?」
事の序でと思い、菱和は棚から一枚のアルバム取り出し、ユイに手渡した
金太郎のような服を着た、子連れ狼の大五郎のような髪型の幼児が、麒麟のような生き物に跨がっているジャケット
ユイが初めて目にするものだった
「“Stone Temple Pirots”‥‥知らない。洋楽?」
「うん。我妻が教えてくれたバンド。‥‥お前なら、気に入るかも」
そう云ってCDをセットし、再生する
酷く嗄れたヴォーカル、余計な飾りを施していないギター、リズミカルなベースと、特に強く聴こえるハイハットとタム
曲調はあっさりしていて円やか、且つ軽快で爽快
ユイにとっては深く炒った茶葉のような、渋く強く芳ばしい味がする曲だった
初めて耳にしたにも関わらず、モノクロの映画を観ているような懐かしい雰囲気がし、ユイは幾度も繰り返されるリフを自然とハミングする
曲が終わると、ユイはまた鳥肌が立っており、腕を軽く擦った
「どぉ、好き系じゃない?」
「うん。こういう古臭いハードロックめちゃめちゃ好き。バンドでも演りたいなぁ。‥‥‥これももっと早く知ってたかった。‥‥何て曲?」
「“Interstate Love Song”。このバンドの中でいちばん売れた曲で、俺もこの曲がいちばん好きで。ベースも、ギターも覚えた」
「ギターも?」
「コードだけな。そんな難しくなかった筈」
「‥ギター借りても良い?」
ユイは菱和の返事を聞く前にギターに手を伸ばした
逸る気持ちを抑えられず、今すぐにでも自分のものにしてしまいたかった
ベーシストである菱和の自宅には、菱和が楽器の自然な音を好む故にエフェクターの類いが一切存在しない
だが、今聴いた曲はそこまで歪ませる必要がなく、ユイにとっては逆に好都合だった
シールドを繋ぎ、アンプのゲインを最小にしよりクリーンな音にして、ユイはCDの音に合わせてリフを奏で始めた
さほど難しい曲ではないのだが、一度耳にしただけの曲をユイはほぼ完璧に弾きこなした
コード進行も大体合っており、菱和はユイの耳に感心する他なかった
上機嫌で弾き終えたユイは軽く息を吐き、菱和を見た
「こんな感じかな。どぉ?」
「‥‥お前、すげぇな」
「んふふ。昔から耳は良い方なんだー、耳コピで鍛えたからね。‥‥ね、少し練習するから、歌って?」
予想外の注文に、菱和は眉を顰めた
「‥‥‥‥俺が歌うのかよ」
「だって、歌詞わかんないもん。英語だし何喋ってるかわかんない。歌詞、わかってんでしょ?」
「まぁ、一応‥‥」
「じゃ、やっぱ歌ってよ。‥何回か弾いてみるから、待ってて」
歌うのを嫌がる様子の菱和を尻目に、ユイはデッキを再生して曲の進行を頭に馴染ませるように三回ほど続けて演奏した
菱和はユイがギターを弾く姿をじっと見つめ、今まで培われてきた耳とギターの腕にただただ感心する
三回も弾けば大体は覚えられたようで、ユイは納得したように頷いた
「‥‥うん。も、良いよ。じゃ、合わせよ!」
CDの再生を止めてぱっと顔を上げると、菱和がじとっとユイを見つめていた
バンドでコーラスこそやっているものの、菱和は基本的に歌うことが好きではない
どちらかというと低く声量もない菱和は、自ら進んで歌うという選択肢を端から持ち合わせていない
ユイから視線を逸らし、ポツリと呟く
「‥‥ベースなら、喜んで弾くんだけどな」
「今日はお休み!手も怪我してるんだし‥‥それにこの曲、意外とベース動いてるじゃん。傷開いて治り遅くなってもやだしさ。ね、歌って!」
途端、菱和の手の甲がちくんと痛んだ
意識し始めると、じわじわと血液が滲み出てくるような感覚がし始める
菱和は今更になって、保健室の窓ガラスをぶち割ったことを少し後悔した
「‥‥‥‥」
「あーず、おーねーがーい!」
「‥‥わかった」
にこにこ笑って懇願するユイに根負けして溜め息を吐き、菱和は渋々歌うことにした
ユイは笑みながらイントロ部分を弾いた
一音一音を確実に弾き、きゅ、と指板を滑る心地良い音がユイを陶酔させていく
リフを弾き、Aメロに入るところで、ユイはちらりと菱和を見た
───ちゃんと歌うっつの
菱和は何となくユイの思惑がわかり、す、と息を吸った
ある日曜の午後、察したものを待ち受ける
それはお前の“嘘”
錆びた恥辱をこの手に浴びた気分だ
哀しむ者を嘲笑うのか、なぁ答えろよ
俺が云った全てがお前にとって何の意味も成さなくなった今、息をするのも辛い
お前は嘘を吐いた
‥‥“さようなら”
南の列車に乗って去って行った
お前が嘘をついたのはつい昨日の話
『こうなる筈だった』という約束は果たされず、徒に時が過ぎただけだった
こんな事を全部、お前は俺に云ったんだ───
ギターのリズムに合わせ、2人の身体が揺れる
ちょっとしたサービスのつもりで、菱和はリフのメロディーを歌った
その声と、ユイのギターが重なる
ユイは主旋律を滅多に歌わない菱和が“歌っている”と思うと忽ち嬉しくなり、にこりと笑った
リフを迎える度に二人は顔を見合わせ、最後のリフのあとに即興で軽く速弾きをしたユイのギターで演奏は終わった
ユイは和訳を知らないので普通のラブソングだと思っていたが、軽快な曲調とは裏腹に歌詞は切ないもの
それは後々語るとして、菱和はユイに感想を求めた
「‥‥‥‥どっすか」
「めっちゃ気持ち良かった!!」
「‥‥そ。よござんしたね」
「こんなバンドあるなんて知らなかった。教えてくれてありがとね!」
「いえいえ」
「‥‥‥‥でもね、もいっこ感謝しなきゃなんないことある」
「‥‥何」
「アズを“コーラスだけにしとくのは勿体無い”ってことがわかったから!今度、アズがメインで歌えるような曲あっちゃんに頼もっかな。それか、俺が作る!」
「‥‥‥‥、冗談だろ」
「んーん!超真面目だよ!キーは低い方が良いよねー、アズ声低めだもんねー‥‥」
「んなもん誰が聴きたいんだよ‥‥」
「‥、いちばんは、俺かな。アズの声、もっと聴きたい!」
ユイは菱和の嗄れた歌声が堪く気に入ったようだった
主旋律の他にがなったり叫んだりといったシャウトを担当するアタルや、同じく主旋律を歌ったり高音域でハモる自分とはまた違った魅力を感じ、原曲のヴォーカリストが嗄れた声だったこともあるのか妙に“クセになる味”がした
にこにこするユイを余所に、菱和はげんなりとする
「‥‥勘弁してくれ」
菱和はユイが本気で自分用の曲を作ってしまう気がし、苦笑いをして前髪を掻き上げた
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