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113 「För att lära känna varandra , låt oss prata en hel del」③
「晩飯、適当で良い?」
「うん、何でも良いよ。宜しくお願いします」
ユイの食欲は、元通りになりつつある
正直なところ、菱和もユイ自身も食事は満足にとれないかと危惧していたが、どうやら杞憂に終わりそうだった
なるべく胃に優しく食べやすいものが良いかと思慮し、菱和は和食を作ることにした
菱和が調理している間、ユイは楽器の置いてある部屋に行き、往年好きだったバンドのCDを漁って聴いていた
兄の尊がギターを始めて洋楽にハマり出し、横で聴いているうちに自然と好きになった数々のバンド
既に解散してしまってるものも多いが、すっかり耳に焼き付いた様々なフレーズはユイの口内に様々な味覚を齎した
食事が出来たと菱和が報せに来るまで、ユイは思い出に浸りつつ鑑賞を続けていた
テーブルには和食の定番、肉じゃが
その他には白米、味噌汁、簡単なサラダ、そして箸休めの柴漬け
夕餉を目の前にしたユイは、ぱっと笑顔になった
「‥肉じゃが!」
「正直、和食はあんま得意じゃねぇんだけど。冷蔵庫にあるもんで作れそうだったから」
じゃがいも、人参、玉葱、白滝、牛バラ肉
程よい匙加減の砂糖と醤油で煮詰められた根菜には味がしっかりと染みており、口に含んだじゃがいもがほろりと崩れる
「‥美味い!じゃがいも甘い!も、これのどこが“苦手”なんだよ?」
「甘じょっぱい味付けって難しくて。見た目だけは完璧かな、とか‥‥濃くない?」
「見た目も味もバッチリ!」
「そ。‥お前、嫌いな食べ物無いの?」
「んー‥‥無い、かなぁ。肉も野菜も魚介も、何でも好き」
「そりゃ良いこって」
「んふふー。アズは?」
「得体の知れないもんは、食う気になれねぇ」
「例えば?」
「‥‥ホヤとか」
「俺も食ったことないなぁ‥‥あれ、どう料理すんのかな」
「わかんね。触りたいとも調理したいとも思わねぇ」
ホヤには何の恨みもないが、菱和は嫌悪感を露にしてそう云い、ず、と味噌汁を啜った
ふと、ユイは箸を止めた
「‥‥、ウーパールーパーも?」
「‥‥‥それ、前に喋ってたな。ウーパーの唐揚げ云々、って」
夕餉に相応しくない生物の名前が出てきて、菱和はく、と軽く笑った
「ふふ。なんか今思い出した」
「あれは基本的に観賞用だから無理。素手で触りたくねぇ」
「両生類とか爬虫類、苦手?」
「爬虫類は好き。‥‥‥‥そういや昔、カメレオン触ったな」
「カメレオン?」
ユイは菱和の話に興味を唆られ、口に入れようとしていたじゃがいもを一旦器に戻した
「‥‥中学んとき、つるんでた奴等とガッコサボって、何でか知んねぇけど動物園行ったことあんだ。そんときに、こうやって指に止まらしてもらった」
菱和は左手の人差し指を右手の親指、人差し指、中指で摘まみ、当時の様子を再現した
「へぇー‥‥どんなだった?」
「ちょっとひんやりしてて、ぴったり貼り付くってか吸い付くっていうか‥‥何とも云えねぇ感じ。15㎝くらいの小さいやつで、めんこかった。‥そのカメレオンさ、高齢で目があんま見えねぇとかで、自分で餌食えねぇから飼育員から直接餌付けされてんの」
「‥‥ぷっ‥」
「笑うだろ」
「くく‥‥うん、なんか、想像したらおかしかった!」
「だろ。今はもう、この世にいねぇんだろなぁ‥‥」
「中学生時代に年寄りだったんなら、そうかもね‥‥。‥‥‥ね、他には何してた?」
「‥‥中学んとき?」
「うん」
当然のことながら、出会う前の菱和のことは何も知らない
ユイは学校をサボったことがほぼなく、自分たちが普段勉学に勤しんでいた間に菱和が一体何をして過ごしていたのかとても興味深かった
徐に箸を置き、菱和は当時のことを思い出しながら語り出した
「んー‥‥‥‥。‥‥‥なんか、下んねぇことばっかやってた。夜中に他所のガッコ忍び込んだり廃墟行ったり、知り合いの雀荘で人生ゲームやったり、夜通しスマブラとかボウリングとか缶蹴りとかしてた。喧嘩したあと真っ直ぐ海まで遠出して、焚き火して夜遅くなってド田舎のラブホ泊まって朝までトランプしたりとか‥‥今思えばロクなことしてなかったな‥‥‥」
「何それめっちゃ楽しそうじゃん!」
「‥‥そうか?」
思い起こせば下らない出来事ばかりが浮かんでくる
菱和は苦笑いしたが、ユイは目をキラキラさせていた
「じゃあさ、主に遊んで過ごしてたってこと?」
「そうだな‥‥遊ぶか喧嘩か、って感じ」
「‥良いなあぁ、混ざりたかったー!‥‥喧嘩は無理だけど!」
「喧嘩なんて自分から進んでやるもんじゃねぇよ」
「そう、か‥‥痛いもん、ね」
「まぁ、それもあるけど‥‥喧嘩がいちばん下らなかった‥ような気がする。負けたらムカつくだけだし、勝ったからって別に何も得るもんねぇしな。‥精々煙草が美味かったくらい、か」
「そっかぁ‥‥。てか、アズの中学んときの友達って、めっちゃアクティブな人だね」
「友達じゃねぇ。‥‥つるんでただけ」
菱和の声のトーンが少し変わったのがわかり、ユイは怪訝な顔をした
「‥‥、それって友達と同じじゃない、の?」
「‥‥‥‥わかんねぇ」
かつて“つるんでいた”という人物との間に何かあったのだろうか、それとも何か強い“想い”があるのだろうか───その真意はわからない
菱和から無理矢理話を聞き出そうという気は無かったが、ただ単に“どういう人物だったのか”という純粋な疑問を抱き、ユイは思い切って菱和に尋ねた
「───どんな人だったの?」
ユイは真ん丸の瞳で菱和を見た
何の悪気も邪推も感じられない、いつもの純粋な目と感情
ユイの素直さに何となく根負けしたような気持ちになり、菱和はぽつりと話した
「‥‥‥‥一人は、お前くらい背の小せぇ、クソ生意気なチビ。‥‥あと、全く見分けつかねぇ双子の兄弟」
「4人で、遊んでたの?」
「うん。‥アホなこと云ったりやったりすんのは、大体双子。突拍子もないこと云い出して、思い付いたら即行動って感じ。良いとこのボンボンで、何で俺みたいなんと一緒にいんのか意味不明だった。‥‥チビの方は、その双子にいっつも苛ついてた。見分けつかねぇ上に入れ替わったフリしてどっちがどっちかマジでわかんなくなったりして余計苛ついて。でも、喧嘩はいちばん強かった」
「アズよりも?」
「多分」
「ふぅ‥‥ん」
「‥‥俺も含めて、家庭環境に難アリの、ただの問題児の集まりだった。家でもガッコでも爪弾きにされて、歪んで。‥‥‥大人に反発したい気持ちとか、わけもなく苛々する気持ちとか、わかり合える部分も気が合うとこも多少はあったのかもしんねぇけど‥‥なんか、よくわかんねぇや」
そう云って菱和は薄ら笑いを浮かべた
そこにどんな想いを巡らせているのかはわからないが、ユイはくす、と笑い、穏やかに云った
「やっぱり、友達じゃん」
俯き気味だった菱和は、ユイの言葉にゆっくりと顔を上げた
「下らないことって、ほんとに仲の良い友達とじゃないと出来ないじゃん。アズの話聞いてたら、アズとその人たちが傷を舐め合ってるとか、義理で付き合ってたとは思えなかった。一緒に楽しいことしたいとか、そういう時間を過ごしたいとか‥‥アズを友達だと思ってたから、その人たちはアズと一緒にいたんじゃないかな」
想像の範疇にしか過ぎないが、ユイはにこりとしながらそう云った
あいつらがどう思ってたかなんて今更知る由もないけど、“あれ”も立派な友達の形だったのかもしれない
個々の状況は違えど、その心は歪んで、次第に自ら檻の中に閉じ籠り、荊で雁字搦めに囚われていた
劣悪な環境が生み出した荒んだ心
喧嘩で鬱憤を晴らすように紛らわせていた
あいつらと一緒にいる間は解放されて、荒みきった心なんて忘れられていた
下らないバカ騒ぎも、しんと静まり返った誰もいない家も、『この夜が永遠に明けなければ良いのに』と願ったことも、どこの誰かもわかんねぇ奴に刺されたことも、どれもこれも全部“現実”だった
目の前の現実に浮いては沈んで、どうにか均衡を保ってた
あいつらも、そうだったのかな
あいつらなりの苦労や葛藤も、少しは紛れていたんだろうか
あいつらがわざわざ俺に絡んできたのも、ユイが俺と『仲良くなりたい』と云ってきたときみたいな気持ちと似たようなものだったんだろうか
そうなんだ、傷を舐め合ってる気なんて全く無かった
はみ出しものの集まりだった
それぞれの家庭に事情があったのは確かだ
でも、例え俺やあいつらの家庭環境が複雑じゃなかったとしても、多分一緒につるんでいられたような気がする
あいつらを、人間的に気に入ってたからだろう
だからきっと、一緒にいられたんだろう
今思えば、あいつらは多分、俺の友達だった───
「───‥‥‥‥」
友達の定義も作り方も存在意義も、当時はわからなかった
今は、心を赦せる友人が何人もいる
改めて考えてみると、当時つるんでいた同級生との差違は殆ど無かった
あれこれ考えているうちに様々な感情が府に落ちていく感覚がして、菱和はユイの顔をぼーっと見つめていた
「‥ごめ‥‥何も知らないのに、知った風な口利いて」
ユイは『余計なことを云ってしまったかも』と思い、おずおずと謝る
菱和はゆっくりと首を横に振り、穏やかに笑んだ
「‥‥‥‥もしまたあいつらと会うようなことがあんなら、思い出話の一つや二つ、出来んのかな」
低い声でそう呟いた菱和は、それを強く望んでいるように思えた
友達との絆
その価値の大切さと尊さを、恐らくユイは菱和よりも強く深く理解している
つまらないことで一緒に笑い合える関係を大切にしてきた自負がある
嘗て、菱和は自他共に認める不良だった
そんな菱和にも、下らないことを一緒にやってのける気の置けない友達が存在していた
自分がギターに夢中になっていた14、5歳当時
その年齢の菱和は同年代の人間と何ら変わらない“ちょっと尖った普通の少年だった”ということがわかった
「‥出来るよ、きっと。友達だもん!」
ユイはにっこりと笑い、菱和の望みが叶う日を心から願った
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