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110 Jag vill oroa!
午前中は、イントロダクションのようなものだった
『夜通し語り明かす』と決め、それからはうだうだとどうでも良いことを話したり、腹の底から笑ったり、じゃれ合ったり───今日を入れて、この一時があと3日は続く
そう考えただけで、ユイは今のところ昨夜の悪夢を思い出さずに済んだ
時間は思いの外早く過ぎ去っていった
午後に少し遅めの昼食を食べ終えると、菱和は軽く伸びをした
「んー‥‥、風呂でも洗ってくるわ。洗い物頼む」
そう云って立ち上がり、ユイの頭をぽん、と叩いた
「あ、アズ」
「ん?」
「‥手‥‥大丈夫‥‥?」
保健室で窓ガラスをぶち割った際に硝子の破片が大量に突き刺さった菱和の右手には、包帯が巻かれている
不安そうにしているユイを一瞥すると、菱和は包帯を解いていった
ガーゼと絆創膏を剥がすと、鋭利な硝子による傷が幾つも付いていた
細かい破片は久留嶋が全て取り除き、消毒を施してある
まだ塞がっていない傷口も多くチリチリとした痛みはあるものの、菱和にとってはどうということはなかった
「別に、へーきだよ」
「でも、水仕事したら滲みるでしょ」
「バンソコ貼るし、ゴム手するから」
「‥‥‥そっ、か‥」
唇を尖らせ俯くユイ
菱和はユイの傍にしゃがみ込み、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた
「心配すんなって。こんなもん、放っときゃ勝手に治んだから」
「‥‥‥‥そ‥‥、‥‥‥い」
「ん?何?」
「‥‥俺ばっか、心配してもらって、ずるい」
殊勝な顔をして、ユイは菱和を見上げた
菱和は目を瞬かせる
「は、何だそりゃ」
「‥‥俺はいっつも、心配されてばっか。‥そりゃ、人一倍心配掛けるようなことしてるかもしんないけど‥‥‥‥でも、なんか不公平だ。みんなして、ずるい。‥‥俺にも少しくらい、心配させて、よ」
周りからいつも『“お前は”心配するな』と云われ続けてきたユイは、自分が周りに心配を掛けていると自覚しているも、そう云われる度に何となく孤独を感じていた
菱和は、目に見えない“心の傷”に比べればいずれは治癒する自分の手の傷などとるに足らないものだと思っていたが、ユイはユイなりに周りを心配していると解る
「‥‥ありがと。でも、ほんとにへーきだよ」
「ん‥‥」
菱和はくすくすと笑い出し、いじけているような淋しいような顔をするユイの頭を、ぽんぽん、と叩いた
「‥‥な、バンソコ貼って包帯巻くの、やってもらって良い?利き手じゃねぇからやりづれぇんだよな」
「‥うん、やる」
「洗面所の下の棚に、薬とか包帯とかまとめて入ってる箱あるから持ってきて」
「‥わかった」
菱和に云われた通り、ユイは洗面所の下の棚を開け、箱を取り出した
洗面所で手を洗い、菱和のもとに戻る
菱和の手を取り傷口を見ると、若干膿が滲んでいた
塞がりつつある傷もあるが、第2関節から手首までに幾つも出来ている、硝子でぱっくりと裂けた切り口はあまりにも痛々しい
ユイは少し顔を顰め、まずはガーゼを取り出した
「‥消毒、する?」
「‥‥お願いします」
消毒液を染み込ませたガーゼを軽く傷に押し付けると、菱和は僅かに顔を引き攣らせた
「‥っつ」
「あ、ごめ‥痛かった?‥ちょっと我慢して」
不慣れながらも、ユイは丁寧に消毒していく
大きめの絆創膏を取り出し、傷口を覆うように貼った
「‥ちょっとシワ寄っちゃった」
「良いよ、全然。包帯は要らねぇわ」
「その手で、楽器弾ける?」
「んー、どうだろな。中指使わなきゃイケそうな気もすっけど」
菱和は軽く指を動かし、痛みがあるかどうかを確認した
“突っ張る”ような感覚はどうしても拭えず、無理な動きをすると傷口が開いてしまいそうな予感がした
「ワンフィンガーなら弾けそう?」
「うん。速い曲は多分弾けねぇ。‥‥それでも良かったら、あとでなんか演る?」
「じゃあ、あとで、少しだけ」
「ん。‥‥ありがとな」
菱和は手当てを施されたその手で、ユイの頭をゆっくりと撫でた
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