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106 Kiss
苦しい
息が詰まる
胸が痛い
誰か
助けて
誰か
誰か
誰か──────
「───イ、ユイ」
「──────っは‥っっ!!」
時刻が日付を越えた頃
自分の名を呼ぶ声に必死に目を開けると、菱和の顔が見えた
額や身体には汗が吹き出ている
べったりと張り付いた衣服を、ユイは忌まわしく感じた
「‥‥悪い、魘されてたから」
「ぁ‥、‥‥っ‥‥‥!‥」
突如、昼間と同じ感覚がユイを襲う
落ち着いて息を吸おうにも身体がいうことを利かず、軽くパニックに陥る
必死に息を続けようと胸を押さえ付けるが、次第に荒くなる呼吸に益々パニックになる
「大丈夫だよ、大丈夫」
菱和はユイの身体を起こし、抱き止め、一定のリズムでその肩をとんとんと叩いた
「慌てなくて良い。“これ”とおんなじように息しな」
とん、とん
とん、とん
ユイは必死に身体にリズムを馴染ませ、小気味良く刻まれる拍子と同じように息を繋いだ
菱和はユイの呼吸に合わせ、肩を叩く手のスピードを徐々に緩めていく
乱れた呼吸が普段通りに戻った頃、ユイは菱和に凭れ掛かり、長い長い溜め息を吐いた
ユイが脱力したのがわかり、菱和はゆっくりとその頭を撫でた
「‥‥落ち着いた?」
「ん‥‥ほんと、ごめ‥」
「謝んなって。大丈夫だから」
「‥‥‥‥。‥‥夢に、出てきた‥」
「‥‥昔のこと?」
「うん‥‥‥‥もう、ずーっと前のことなのに今更夢まで見るなんてさ、なんか、バカみたいだよね‥‥弱くて駄目だね、ほんと」
へへ、と薄ら笑いを浮かべるユイ
菱和はその背中をゆっくりと撫でた
「‥‥‥‥思い出したら死にたくなるくらい辛い記憶だからずっと長いこと忘れてたんだろ。そういうのってさ、心が壊れねぇように本能的に備わってるもんなんだよ。お前は自分で自分を護ってただけだ。‥‥3、4歳のガキのうちからそんなことやってのけるなんて、なかなか出来るもんじゃねぇ」
身を離し、菱和はずっと云いたかった一言をユイに告げた
「お前は弱くねぇよ。‥‥超強えぇよ」
途端、ユイは顔を歪ませ、ぼろぼろと涙を溢した
菱和に縋り付き、声を出して泣いた
こんな情けない自分の姿を見てもなお、傍に居てくれる
弱いと思っていた自分を、強いと讃えてくれたことが嬉しくて堪らない
菱和は、嗚咽を出して泣き続けるユイの頭をずっと撫でていた
少しでも慰めになるのならと、その手を止めることはなかった
次第に嗚咽は治まり、しゃくり上げる声だけが聴こえる
散々泣きじゃくった瞳からは、未だ涙が次々と流れ出ている
泣きたいときは気の済むまで泣けば良い
そうは思うものの、哀しみも苦しみも全て、何とかしてやりたいと思う
菱和はありったけの感情を込め、ユイの額に軽くキスした
ユイは少し顔を引いたが、菱和は「逃がすまい」と即座に額を合わせた
もう、独りで抱え込まなくて良い
全部、思いっきり吐き出せば良い
お前を想う人間は、いつでもお前の傍にいるよ
だから、どうか
どうか───
何度も吸い込まれそうになった眼差しが、目の前で揺れている
今は
今だけは
この深い優しさに
ただ触れていたい
触れていて欲しい───
強くそう思ったユイは菱和の服を掴むその手を今一度ぎゅ、と握ると、そっと目を閉じた
いじらしくて堪らなくなった菱和はふ、と笑み、濡れた頬を掌で優しく包んだ
ほんの少しその顔を引き寄せ、そっとユイに口付けた
「‥‥っ‥───」
唇が触れると、ユイは僅かに肩を竦めた
ほんの一瞬だった
互いの唇の感触を確かめる余裕もなく、本当に、一瞬だった
菱和の顔が離れると、ユイはゆっくりと目を開けた
瞬きをすると溜まっていた涙が落ち、菱和の顔がぼやけて写し出される
潤んだ瞳でも、酷く優しい眼差しが向けられていると分かる
菱和は、もう一度ユイに顔を近付けた
ユイは微動だにせず、また瞳を閉じた
今度は、少し長く触れる唇
そして二度、三度と繰り返されるキス
ユイはほぼ受け身だった
ただ身を預けた
強く服を掴むと、自分を抱く菱和の手にも力が籠められる
この気持ちは何なんだろう
恥ずかしくてずっと避けていたキス
本当はずっとしたい、して欲しいと思っていた念願のキス
願いは叶って、嬉しい筈なのに
勝手に涙が溢れてくる
感極まり、ユイは泣いた
折角の触れ合いに失礼だと思ったが、その涙を止める術はなかった
「‥‥‥‥ん‥‥、‥っ‥‥ふ‥‥‥っ‥」
ユイが泣いているのがわかり、菱和は身を離した
顔はくしゃくしゃになり、頬を伝ってぼろぼろと涙が流れている
次第にしゃくり上げ、ユイは菱和に謝罪した
「ご‥‥ごめ‥‥‥っ‥、アズ‥‥ふ‥っ‥‥‥‥お、れ‥‥」
菱和はユイの顔を覗き込み、涙を拭った
「‥‥‥‥哀しい?‥‥苦しい?」
菱和の問いに、ユイは少し顔を上げた
「‥‥‥‥‥‥多分、“嬉しい”、‥‥かな」
「じゃあ、笑えよ。‥‥嬉しいなら、笑ってよ」
菱和はユイの額に手をやり、前髪を上げた
真ん丸の瞳からまた涙が零れ落ち、頬を伝う
ユイは鼻をすすり、恥ずかしそうに笑ってみせた
ぐしゃぐしゃになった泣き顔に、歪む口元
何時ものように上手くは笑えない
今のユイにとって、精一杯の笑み
その精一杯がどうしようもなく愛おしくなり、菱和は思いきりユイを抱き締めた
ユイも、しがみつくように菱和に抱きつく
気持ちが落ち着いた頃、ユイはほぅ、と息を吐いて、心境を吐露した
「‥‥こんなになるなんて、思ってなかった」
「‥‥‥ん?」
「キス‥って、一回したら、もっと‥‥したくなるんだ、ね。‥知らなかった」
「‥‥ほんとだな」
菱和は、ユイの額に軽くキスを落とす
そのまま額を合わせ、優しく笑んだ
「‥今まで我慢してた分、沢山して良い?」
「‥‥ん‥」
ユイが軽く頷くと、また菱和の唇が重なる
「‥ね、もっかい‥、して」
「何回でもする」
「‥‥もっと、‥‥‥」
「‥急かすなよ」
「‥‥‥ア、ズ‥‥‥‥も、っと‥‥」
「‥‥酸欠になっちまうぞ。‥‥良いのか?」
「‥‥‥いっぱい、いっぱい、して欲しい」
「‥‥煽んなっての。‥‥‥欲情しちまう」
「‥も‥‥そ、なこと‥してな‥‥‥んっ‥‥」
「“やだ”って云っても止めねぇぞ?」
「‥‥‥やめない、で」
「‥‥かやろ」
もう、歯止めなど利かない
菱和は、何度もユイに口付けした
健気で不慣れな自分が菱和を煽っているとも知らず、ユイは菱和からのキスを受け止めた
愛おしい人から与えられた沢山のキスはあまりにも深く、優しく、このまま何処かに堕ちていきそうな感覚に陥る
それすらも、今なら構いはしない
何度も何度も、互いを貪るように唇を重ねた
菱和は名残惜しそうにユイから身を離した
初めてのキスに急激に恥ずかしさが募り、ユイは無意識に顔を逸らした
菱和は少し口角を上げて、ユイの頬に手をやる
「‥‥初めてなのにまさか“おねだり”までされると思ってなかった」
「う‥‥‥‥ごめ‥‥」
「んーん。嬉しかった。‥‥‥‥ほんとは、さっきお前が寝たあとすぐ、普通にしちまうとこだった」
「ぅえ、そ‥なの?」
「ん。でもやめた。やっぱお前が起きてるときにちゃんとしたいな、って。‥‥我慢して良かった、‥なんてな」
「‥‥‥‥、‥‥る?」
「ん?」
「‥‥‥‥また、して‥くれ、る?」
「‥‥いっぱいする」
そう云って、菱和はユイの瞼にキスを落とした
「‥‥ごめんね、我儘云って」
「上等だよ。‥我儘んなれよ、もっと」
「‥‥重く、ない‥?」
「嬉しい。‥好き」
菱和はまたユイを抱き締めた
ユイの云った通り、一度すると何度でも唇を重ねたくなる
何の変鉄もないただのキスだが、すればするほど相手への愛おしさが募る
ユイはおろか、菱和も初めて抱く感情だった
「‥‥‥アズ‥」
「‥うん?」
「‥‥‥‥だ、いすき‥だ、よ」
「‥‥俺も。‥大好き」
菱和はユイと手を絡ませ、ぎゅ、と握った
触れ合う身体と重ねられた掌から、菱和の体温を感じる
この上ない安心感が、ユイを満たしていく
繋いだ手を離さないまま、2人はゆっくりと眠りに就いた
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