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22 屋上にて その2
「ユイが“食われる”かもしんない」
「──────は?何に?」
「‥‥‥‥菱和」
「‥‥、何云ってんの?全然話が見えないんだけど?」
「あいつ、危ない」
「ははっ、何だそれ!ぜーんぜん危なくないって!菱和はマジで不良じゃないよ。てか菱和がほんとの不良だったら、俺らもうこの世に居ないと思うんだけど?俺ら生きてるし、殴られたりカツアゲされたこともないし‥‥」
「そういう意味じゃ、なくて」
「え?‥‥じゃあどういう意味?」
「‥‥‥‥」
「‥そんな心配すんなって!あのユイでさえまともに菱和と付き合えてんだよ?大丈夫だよ」
「‥‥それがいちばん、危ないの」
「え?ん、んんー‥‥そうなの?」
「‥‥もしあいつが“ゲイ”か“バイ”だったら、どうする?」
「菱和が“ゲイ”!?‥‥‥‥それで『食われる』とか云ったの?」
「‥‥可能性がゼロな訳じゃないでしょ」
「まぁ、そうかもしんないけど‥‥‥‥でもそういうのは人それぞれだし、別に良いんじゃないの?」
「‥‥とにかく、ちゃんと目光らしといて。あいつがユイに何かしたらすぐ教えて」
「え?うん‥‥取り敢えず‥わかった」
***
学校祭の一日目が終わろうとしている
ユイは、一人で屋上に居た
ステージは勿論楽しかった
だが、それを凌ぐ複雑な思いが、頭の中に渦巻いていた
保健室での菱和との一件
上田から教わった“余計な知識”───
ユイは柵に肘を付いて寄りかかった
夕方の涼しい風が、ユイの髪を揺らす
───菱和はもう帰ったのかな
屋上からでも、賑やかな校内の雰囲気が伝わってくる
同じ学校内である筈なのだが、何故か屋上だけが切り取られたように感じられる
普段拓真や上田と下らない話をしているその場所が、今だけはいつもと少しだけ違う遠い場所になっている気がした
普段は気付いていなかっただけで、今一人でいることで余計にそう思えているのかもしれない
一人で居れば、どんな場所であっても淋しい
───菱和はずっと、一人でここに居たんだよな。いつも、一人で
自分達が屋上に出入りする以前の菱和の孤独感を思うと、ユイは少しだけ胸の辺りがきゅっとなった
屋上のドアが開き、誰かが入ってきた
ユイの目に映るのは、怠そうな長身の男───
──────げ
『ステージを観たら帰るつもり』
その言葉通り、てっきり既に帰宅しているものだと思っていたユイは、ちょうど菱和のことを考えていたこともあってかその姿に少し狼狽えた
菱和はゆっくりと歩いてきて、ユイに倣い柵に寄りかかる
気まずさを拭えないユイは、何時ものように菱和に話しかけることも目を合わすことも出来なかった
菱和もまた、黙ったままだった
ただ、菱和のそれは気まずさから来るものではなく、“いつものこと”に過ぎなかった
二人の間を、風が吹き抜ける
先に沈黙を破ったのは、菱和だった
「───良かったよ」
「え!!?よ‥‥な、何が!?」
「‥‥ステージ。最初から観てた」
「あ、ほ、ほんと?」
「ん。結構盛り上がってたじゃん。曲もちゃんとまとまってたし」
「そっ‥‥か」
多少粗削りな部分はあったが、それなりに楽器を触り慣れている3人の演奏は人前で披露するのには全く遜色の無い出来だった
楽器経験者の菱和から直に感想を貰えたことを、素直に嬉しく思った
「‥‥終わり際は、動揺してる風に見えたけど」
意地悪そうにそう云って、菱和は柵を背にその場へしゃがみこんだ
束の間の安堵の後の、苦い顔
自分の失態への恥ずかしさが募り、次第にそれだけがユイの脳内を埋め尽くしていく
───見られてたのか‥‥恥ずかし過ぎる‥‥‥
やはりユイは、菱和と目を合わせられなかった
図星を突かれ、口を尖らす
菱和は突然ユイの腕を掴み、下に引っ張った
「───ぅわっ!!!」
すとんと視界が落ちる
尻餅をついたユイは驚く他なかった
「‥‥なっ‥何‥‥‥」
「‥やっぱ“それ”の所為?」
菱和は、ユイの首筋に目をやった
「あ‥‥‥‥いや‥‥うん‥‥」
───あいつが貼ってやったのかな、多分
何となくだが、絆創膏を貼ったのがリサだという見当が付いた
そして、リサの言葉を思い出す
『絶対、普通じゃない』
「‥‥そうだよな。“普通”じゃねぇよな」
「え‥‥‥‥あ、いや、確かにびっくりはしたけど‥‥」
「‥‥悪かった。別に深い意味はねぇから。あんま気にすんな」
「ん‥‥うん‥」
謝罪を受けたものの、返答に困る
ただ、今回のは『特に意味のない場合』のキスマークなのだと半ば無理矢理納得した
尻餅をついた状態のままだったユイは気を取り直すことにし、膝を抱えて座った
「‥‥ほんと、楽しそうに弾くのな」
「そう?まぁ楽しいから、ね」
「‥そっか」
菱和は空を仰いだ
鬱蒼とした前髪が風に揺れ、切れ長の垂れ目が見え隠れする
菱和の横顔を見上げ、ユイは尋ねた
「───菱和は、」
「‥うん?」
「楽しくない?楽器弾いてて」
「‥‥、今はあんまり。‥‥‥俺が今まで楽器弾いててマジで楽しいと思えたのは、初めて自分の楽器持って弾いたときと、この前お前らとセッションしたときだけ」
薄ら笑いを浮かべながら、菱和は本音を呟いた
「‥お前らとバンド出来たら、多分俺も楽しいんだろうなぁ」
「───やろうよ、一緒に。楽しいよ、きっと!」
いつものように、ユイがにこりと笑う
「‥‥まだ、ベース候補は俺のまま?」
「勿論!ってか、菱和以外考えらんない」
催促するでも諦めるでもなく、ユイは菱和の返事を待ち続けている
一緒にスタジオに入り、ライヴを演るその瞬間を待ち侘びている
きっと、菱和とバンドが出来たら今まで以上に楽しくなる───確実に、そう思える
「‥‥でもただそれだけじゃなくて、菱和ともっと沢山話したいし、もっと色んな顔見てみたい───」
そう云いながら菱和の方を向くユイ
菱和はユイを真っ直ぐ見つめていた
長く伸びた前髪から覗く、すっかり見慣れた無表情
黒く鋭く、そして穏やかに、自分を見つめる菱和の目
いつもとは少し違った印象を得、ユイは菱和から目を離せなくなった
保健室で見せたそれのように口はだらしなくぽかんと開いていて、とても間抜けな顔を菱和に見られているんだろう
ゆるゆるとそれを自覚したユイはゆっくりと菱和から顔を逸らしながら、残りの言葉を発した
「───なぁ、って‥思って、る‥‥よ」
「‥‥そっか」
菱和の色々な表情を見る前に、自分は間抜けな顔を何度か晒してしまった
自分が色々な菱和を見たいと思うように、自分も色々な面を見せていくことになるだろう
例えそれが忸怩たるものであったとしても、菱和とバンドをやりたい気持ちは変わらない
「‥‥今のバンド抜けるの、やっぱ無理?」
「───無理じゃなくす」
「え?」
「絶対抜ける」
誘われてから4ヶ月余り
当初から、誘いを前向きに考えていた
全く興味のなかった一クラスメイト
いきなり話しかけてきたかと思えば、矢鱈と絡んでくる忙しくて騒がしい奴だった
接する時間が増えていく中で、菱和には次々と新しい感情が生まれていった
学校で一緒に過ごす人間がいること
他愛ない会話を交わす人間がいること
誰かと楽器を演奏すること
それらが“楽しい”と思ったのは、この騒がしい奴のお陰だ
この4ヶ月で他人と関わり得た全てのもの、それを齎した目の前にいる訳のわからないクラスメイトは、いつからか“友達”になっていた
未知のものに捕らえられ、何とも不思議な感覚に襲われる
それは決して嫌なものではなく、寧ろ、毎日を退屈に過ごしていた菱和がいちばん欲していたものなのかもしれない
退屈な日々から抜け出すチャンスをくれた友達
その機会を逃す理由はなく、この“友達”となら、きっと退屈だと感じる暇すら無くなるだろう
「抜けたら、うちのバンド来てくれる?」
ユイは菱和の顔を覗き込んで尋ねた
「───ああ。約束する」
「‥うん、約束ね!」
結論から云うと、菱和はユイたちのバンドに加入すると約束した
バンドに誘ったことを覚えていてくれ、たった今明確に加入を約束してくれた菱和の言葉に、にこにこと笑い掛けた
ユイの笑顔につられて自分も笑いそうになった菱和はほんの少しだけ口角を上げて、軽く溜め息を吐いた
加入前に片付けなければならない問題がある
もうすぐ夏休みが始まる
待たせ過ぎてしまっていることは自覚している
だが、どうしてもやらなければならないことがある
それを片付けるなら、夏休みだ
───七面倒臭せぇ
その問題が夏休みごと消滅してしまわないかと、強く願った
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