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99 Malice⑤
「よっ!ユイ図書室行ったん?」
「うん。12:30までなんだってさ」
「ちょっと小腹満たすのにコンビニ行ってこない?」
「行く行くー!ユイにジュースでも買っといてやっか!」
「リサと菱和くんは、待ってる?」
「‥‥いや、俺も行くわ」
「おや、珍しっ。今日は雪でも降りますかねぇ」
「‥‥槍かもね」
「ん、リサも行くの?」
「‥うん」
「‥‥やっぱ、降るとしたら雪じゃなくて槍かもしんないね」
終業式が終わり、人も疎らになってきた校内
ユイを待っている間、拓真たちはコンビニへと買い出しに出掛けた
***
12:30を少し過ぎた頃
ユイは図書の仕事を終え、鞄と上着のパーカーを取りに教室へと急いだ
───PANACHEのあとは、家帰ってギター弾いて‥‥夜は兄ちゃんに電話でもしよっかな、父さんにも。‥‥‥そういや何だかんだでアズとはまだ長電話してなかったなぁ‥‥冬休み中に一回くらい、付き合ってもらおっかな
楽しみだけがユイの頭を占拠し、気持ちは逸る一方
ガラリと勢いよく教室のドアを開け放つ
誰も居ないだろうと思っていた室内に、一人の男子生徒が居た
ドアの音にかなりビビり、気まずそうな顔をしている
「‥あれ‥‥‥‥確か5組の、工藤‥‥だっけ?何してんの、ここ2組だよ?‥‥てかそれ、俺のパーカ───」
軽く笑って教室に入ると、工藤がユイの鞄とパーカーをゴミ箱に突っ込んでいるのが目に入る
ユイの顔から笑顔が消えた
疑うのも気が引けるのだが、この現状を見て今までの私物の紛失や破損は目の前にいる同級生の仕業としか思えなくなった
「‥‥‥‥、‥‥ひょっとして、俺の上靴とか教科書、工藤がやったの‥‥?」
「‥だったら何だってんだよ」
工藤は舌打ちをし、ユイの鞄とパーカーを床に叩きつけた
「いや、違うならごめん。俺、最近モノ失くなること多くて‥‥‥‥俺がなんかした所為でそういうことされてんだと思ってたから、ずっと謝りたいなぁって思ってたんだ。‥‥だから、もしそうならそうだって云って欲しい」
「は?そういうのマジうぜぇ。イイ子ぶってんじゃねぇよ。ほんっときめぇ。菱和と一緒にいるからって、イイ気になんなよ」
「‥‥‥‥なに、それ‥‥イイ気になんかなってないよ。そんな風に思ったこと、一度もない」
「どうだかな。‥っつうかお前、片親なんだってな」
「‥‥‥‥、そうだけど」
「お前、ほんと躾がなってないよな。一体どんな教育されてきたんだよ。お前がそんなんなら、親も親だなきっと」
工藤は鼻で嘲笑った
心無い暴言に、心が傷む
───何でこんなこと云われなきゃなんないの?確かに俺は兄ちゃんみたいに頭良くないし空気読めないし落ち着き無いけど、それは父さんの所為じゃないよ───
疑問符だらけだったユイの表情に、怒りが加わった
「‥‥関係ないだろ。俺は何云われても良いけど、親まで侮辱する筋合いなくない?」
「あっそ。やっぱお前ってうぜぇわ。ムカつく。やっぱ鞄も上着も焼却炉に突っ込んでくるんだった」
工藤は苛立ちに任せてゴミ箱を蹴飛ばした
空のゴミ箱が乾いた音を立てて横に倒れる
その音に驚き肩を竦めたユイは、眉を顰め、捻り出すように工藤に訴えた
「‥‥‥‥俺、そんなに悪いことした?ほんとに身に覚えないんだ‥‥何が悪いのかわかんないまま謝るのも失礼だしさ、ちゃんと教えて欲しいんだよ」
「───じゃあ云ってやるよ。お前の存在自体きめぇんだよ。お前なんか、この世から居なくなっちまえば良いのに」
工藤が抑揚なく云い放った言葉に、既視感を覚える
歪んだ声が、ユイの頭の中に再生された
お前なンカ
生まレてコナけれバ良かっタノに
「──────‥‥‥‥は‥‥っ‥」
息が詰まる
鼓動が速くなる
掌の汗
血の気の引く感覚
膝が笑い出す
目眩
目の前が暗くなってゆく
堕ちる
「‥‥‥おい、どうしたんだよ」
ユイの様子がおかしいことに気付き工藤が声を掛けた刹那、ユイは膝から崩れ落ち、身体を痙攣させた
「‥っぁ‥‥‥‥、‥っ‥‥‥か‥‥‥‥っっ‥‥!!!」
「何だよどうしたんだよ!!俺なんもしてねぇぞ!?っマジふざけんなよ!!」
ユイは倒れ、酸素を求めてのたうち回った
「ユーイ、いるー?‥ユイ!?」
「何だよ、どうしたん?」
コンビニから帰ってきた拓真たちが教室に入ってきた
工藤が呆然と立ち尽くす傍らでユイがのたうち回っているのを見て、直ぐ様駆け寄る
「‥ぁ‥‥っ‥‥‥‥っ!!」
ユイは必死に何かを訴えようとしている様子だが、上手く呼吸が出来なくパニックに陥っていた
菱和がユイの身体を起こし、眉を顰める
「‥‥過呼吸だ」
「くるちゃん呼んでくる」
上田は保健室へと一目散に走っていった
「ユイ!大丈夫!?ユイっ!!」
リサは震えるユイの手を握った
見開いた目は視点が定まらず、身体の痙攣は一向に治まらない
「ユイっ!!ユイっっっ!!!」
声掛けに応じたいと思っても、身体が云うことを利かない
ユイは今一度目を見開くと、意識を手放した
騒然とする教室に、上田と久留嶋が走ってくる音が響く
「くるちゃん、早く!!」
「はー、はー、待っ、て‥‥」
久留嶋は全速力で走る上田に追い付こうとも追い付けずへろへろになっていたが、教室に入ると途端に“養護教諭の顔”になる
「石川くん。わかる?石川くん」
失神しているユイは脱力し、久留嶋の呼び掛けに応じない
「‥‥取り敢えず、保健室運ぶね」
菱和はユイを久留嶋に託した
久留嶋がユイを背負うと、拓真と上田は後をついていく
カナは震えるリサの肩を支え、保健室へと促した
「───お前も来いよ、“第一発見者”」
菱和に無表情で見つめられる工藤
未だ殆どの生徒に『畏れ多い』と思われている菱和───工藤も、ご多分に漏れない生徒の一人だ
怯えた様子で保健室に向かう面々の後に続き、菱和は更にその後をついていった
***
「稀な症状だけど、過呼吸のあとに失神するケースもあるんだ。でも命に関わるようなことじゃないから。少し休めば、そのうち気がつくよ」
保健室のベッドに横たわるユイ
意識はなくとも、ゆっくりと呼吸している
それぞれが椅子や空いているベッドに腰掛ける中、菱和はドアの側におり、壁に寄り掛かっていた
工藤が逃げ出さないよう、無言の圧力を掛けている
リサの手は、ユイがパニックの中力の限り握り締めていたことで若干鬱血しており、久留嶋が冷湿布を貼ったその手でまたユイの手を握った
「‥‥ユイが目を覚ますまで、待ってても良いですか」
「うん、構わないよ」
リサの問いに、久留嶋はにこりと笑って返事をした
「‥‥ひっしー、カナちゃんと上田も、先帰んなよ。ユイ、いつ目覚ますかわかんないし」
「ううん。待ってる」
「俺もー」
上田もカナも、拓真やリサと一緒に、ユイが目を覚ますのを幾らでも待つつもりでいる
「‥‥だってさ」
無論、菱和もそのつもりで、穏やかにそう云った
「‥‥‥‥ありがと、みんな」
保健室は、静寂に包まれる
呼吸音すら聴こえない息のユイに、皆一様に思いを馳せる
「‥‥何で過呼吸になったんだろな‥失神までするなんて」
誰もが疑問に思っていたことを、拓真がぽつりと口にした
「‥‥‥‥きっと、心に相当過剰なストレスがかかったんだろうね。石川くん、だいぶパニックになったと思うよ」
「心、に‥‥‥‥」
久留嶋は、医学的見地から見解を述べる
過呼吸になった原因は、“心への過剰なストレス”
では、そのストレスとは一体なんだったのか───
「念の為、親御さんに連絡しようか」
「今ユイの親居ないんです、出張中で」
「他に、ご家族は?」
「お兄さんが居るんですけど、どっちにしてもすぐ帰ってこれる距離じゃないから‥‥こういうときって、どうしたら良いんだろ‥‥‥」
「佐伯くんは石川くんと仲良いの?」
「あ、はい。幼馴染みなんで」
「そっかそっか、だから石川くんの家族構成に詳しいのね。なるほど‥‥‥取り敢えず、名簿取ってくるよ」
久留嶋は名簿を取りに、職員室に向かった
ぱしん、とドアが閉まると、保健室に再び静寂が訪れる
その静寂に紛れ、小さくも憤怒の声がする
「‥‥何したの」
声の主は、リサだった
「───ユイに何したのっっ!!?」
リサは工藤を睨み付け、怒鳴った
憤慨するリサを見るのは、保健室にいる殆どの人間が初めてのこと
拓真ですら滅多に見ることの無いその姿に皆が驚き、クールなリサのイメージが覆される
工藤は吃りつつ、弁解した
「な、何もしてねぇよ‥‥話してただけ、で‥」
「‥‥じゃあさ、何話してたのか教えてよ」
拓真は冷静に、工藤に問い掛ける
工藤は目を逸らし、押し黙った
「‥‥‥‥早く云わねぇと、お前も失神しちゃうかもよ?」
上田は低い声で工藤にそう云った
四面楚歌の状況下、少々やんちゃな生徒とも付き合いのある上田に加え、長らく“不良”と目されている菱和
この2人にならば、容易く“失神させられる”───工藤はそう思い、重い口を開いた
「‥‥‥‥、‥‥片親だってことと、『いなくなっちまえ』って云っただけだよ」
皆、眉を顰めたり溜め息を吐いたりし、肩を落とす
「そういうのはさ‥‥“人として云っちゃいけない言葉”なんじゃないかな」
拓真は諭すように云った
工藤はバツの悪い顔をしている
「‥‥っつうか工藤さ、近藤サンに告ったんだって?」
突然、上田が何の脈絡もない話をし出す
当事者がこの場に居るにも拘わらず、ユイのようなKY発言をかます上田に、工藤は慌てふためいた
「!! ばっ‥何で知ってんだよ!?」
「んー?飯田と新谷と3人で話してるの聞いちゃったんだよねー。もう、密談と猥談はもっと場所選ばなきゃ駄目よぉ。『悩み相談してた保健のセンセーに職員室までお使い頼まれて帰りに教室寄ったらうっかりたまたま話聞いちゃったクラスメイト』とか居るかもしんないじゃん?‥あ、飯田と新谷にまで八つ当たりすんのやめろよな?あんな時間だから誰も居ないだろうと思って油断してたお前が悪いんだからさ、な?」
上田はおちゃらけた口調で次々と話した
工藤は顔を歪ませたが、すぐに顔を背けた
「いやー、ほんと酷かったなぁ。聞けば聞くほど引いちゃったよ。よくあんなこと出来たよな。俺なら同じことされたら登校拒否しちゃうかもしんない」
「‥‥何の話してんだよ」
「あれ?しらばっくれんの?無駄な足掻きはよした方が身の為だと思うよ?」
「何がだよ、うぜぇな」
「‥‥‥樹、もしかして‥‥」
カナが上田と工藤を交互に見遣る
他の面子に比べあまり詳細を知らないカナでも察しがつく、上田の口調
「そうそう!『犯人は、この中にいる!』ってやつね!」
「何だよ“犯人”って!!」
「だから、ユイの私物しっちゃかめっちゃかにした犯人だよ。スマホまであんなバッキバキにしてくれちゃってさ」
「な‥“それ”は俺じゃねぇよ!!」
「でも上靴とか教科書とかノートとかスニーカーはお前がやったんだよな?教室にあった鞄もパーカーもどうにかする気だったんだよな?ってか、ユイのスマホ壊れてねぇから」
上田は怒りを露にし、早口で云った
カマをかけられていたのだと気付き、工藤は漸く観念した
「‥‥何で、あんなことしたの?ユイ、工藤になんか酷いことした?」
幼馴染みに酷い仕打ちをした人間を目の前にしても尚、拓真は冷静にしている
リサがこの場に居合わせている最悪のタイミング
工藤は、恥を承知で弁解した
「‥‥いっつも騒がしくてうるさくて、目障りだった。‥菱和と居るようになってから完全調子乗ってると思って、告ったのが上手くいかなかったのも、あいつがいっつもべったりくっついてるからだ、って‥‥」
「何それ。リサにフラれた腹いせに、ユイくんに嫉妬と八つ当たりしてたってこと?男のくせに随分女々しいんだね、あんた」
カナは、バッサリと斬り捨てた
反論する余地もなく、工藤はただ俯いた
「‥‥‥‥そんな下らない理由でユイのこと傷付けたの」
聴こえるか聴こえないかという小さな声で、リサは呟いた
突然椅子から立ち上がり、工藤に一発お見舞いしようと試みる
が、握り締めた拳がふわりと包まれる
有無を云わさず殴ろうと思っていたその手を止めたのは、菱和だった
「───やめとけ」
菱和は怒りに震えていたリサの手を、軽く握った
「──────っ離して!!何でユイがこんな目に遭わなきゃなんないの!?意味わかんない!!仮に私がOKしてたらここまでされてなかったってことでしょ!!?」
「そういうことじゃねぇ。お前の所為でもねぇ」
「リサ、違うでしょ。落ち着いて」
カナが宥めるも、リサは冷静さを欠いている
2人の制止を、振り解こうとした
「良いから離して!!も‥赦せないんだよっっ!!!」
「俺もだよ」
重く低い菱和の声に、リサの動きがピタリと止まった
切れ長の垂れ目が、鬱陶しい前髪から垣間見える
その瞳の奥は、自分と同じ“怒り”───
「お前がこいつを殴る価値はねぇよ」
菱和はリサの手をそっと離した
その手は自然に脱力する
「‥‥‥‥“こういうの”はさ、」
少し口角を上げ、菱和は工藤を見据えた
“標的”へと、ゆっくりと近付いていく
菱和が歩みを進める毎に工藤は後退りしたが、とうとう窓際まで追い込まれた
「───俺のがお誂え向きだろ」
菱和は何の躊躇いもなく、工藤目掛けて振りかぶった
菱和の拳は工藤の頬を掠め、窓ガラスを突き破った
硝子の割れる音が保健室に響き渡る
粉々になった硝子はカシャン、と音を立て、次々と床に散らばった
硝子の透明に混ざるように、鮮血の紅がぱたぱたと落ちる
工藤は殴られるのを覚悟し目を瞑っていたが、窓ガラスが割れる音にその目を開ける
至近距離で冷たく自分を見下ろす菱和が映ると、冷や汗が噴き出し、息を飲んだ
「───お前も十分目障りだよ。‥‥こんな風にグッシャグシャになるか失神するか、どっちが良い?」
菱和は血塗れの手で工藤の頬を軽く叩いた
血液が肌に触れ、べちゃ、と音がする
「──────‥ひっ‥‥っ‥!」
尋常ではない恐怖に戦き、工藤は慌てて保健室から出ていった
「ちょっとなに今の音ー‥‥っておいおい怪我人出てるし!」
工藤と入れ違いになるように、久留嶋が保健室に入ってきた
窓ガラスが割れる音は静かな校舎に響いており、久留嶋の耳にも届いていた
粉々になった窓ガラスと流血している菱和を見て、一気に青ざめる
久留嶋は菱和の手当てをし、拓真と上田は硝子を片付け始めた
「ビビったぁ‥‥ほんとに殴っちゃったかと思った」
「‥最初から窓ガラス行く気だったんだけど」
「『最初から』って‥‥もおぉ‥‥‥‥はぁ、なんて説明したら良いんだ‥‥なんか適当に言い訳考えるか‥‥‥‥」
「すいませんでした」
「ふふっ、むっちゃ棒読みだし。‥‥ってか菱和、痛くねぇの?」
「‥‥それなりに」
「だよね、めっちゃガラス刺さってたもんね‥‥‥すごい血出てたし‥‥」
「ガラスって、ちょっと触っただけでも意外と出血するもんなぁ」
「ほんっっっとバカ。『血の気の多いのは沢山』って云ったでしょ」
「‥‥怪我してんの俺だけだし、直接あいつを殴んなかっただけマシだろ」
「そういう問題じゃない!!!!!」
5人の声が、綺麗にハモる
「‥‥‥‥すんませんした」
菱和は軽く頭を下げ、窓ガラスを2枚も破損した挙げ句流血してしまったことを全員に詫びた
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