NEW ENTRY
[PR]
104 Phone
ユイが一頻り泣き、落ち着いた頃
タイミングを見計らうように、携帯が鳴った
拓真はベッドから立ち上がり、鞄の中に入れっぱなしのユイの携帯を取り出した
画面には“兄ちゃん”と表示されていた
「‥‥たけにいから」
ユイは拓真から携帯を受け取り、通話ボタンを押した
「‥‥‥‥もしもし、兄ちゃん?」
久留嶋は名簿を見て、保護者欄に記載のあったユイの父親と尊の両方に連絡を取っていた
尊はすぐに電話を取ることが出来ず、留守録を聞いてユイに直接電話を掛けてきた
偶然とはいえ、このタイミングの良さには感心せざるを得ない
2人の電話が終わるまで、拓真とリサと菱和は席を外すことにした
***
『ユイ?‥学校から“倒れた”って連絡来てて、今慌てて電話したんだけど』
「うん‥‥へへ」
『‥‥‥大丈夫か?』
「うん、だいじょーぶ‥‥拓真もリサも、アズも居るから」
『‥‥、“アズ”‥?』
「‥あぁ、えと‥‥菱和くん。‥‥兄ちゃんの代わりに、ベース弾いてくれてる人」
『あ、菱和くんね。‥‥‥はー‥そっか。‥ごめんな、ほんとは今すぐそっち帰りたいんだけど‥‥』
「ううん。仕様がないじゃん、働いてるんだからさ」
『‥‥親父も出張中だもんな‥‥親父んとこにも電話いってるみたいだから、あとでかかってくんじゃないかな』
「うん。‥‥ごめん、心配かけて」
『何云ってんだお前‥家族なんだから当たり前だろ。心配くらいさせろよ‥‥‥年末そっち帰るけど、それまで一人で大丈夫か?』
「うん、大丈夫」
『29に帰るから、待っててな』
「うん‥‥‥‥、‥‥‥───」
『‥‥‥どした?』
「───‥‥‥‥に‥ちゃあぁ‥‥‥っ‥ひっ‥‥ごめ、ね‥‥お、れ‥‥‥ぅああぁ‥‥」
『‥‥‥何謝ってんだよバカ‥‥‥‥兄ちゃんこそ、ごめんな。こんなときに、傍にいてやれなくて』
「‥ふ‥っ‥‥ひっ‥、兄ちゃ‥‥‥っ‥‥‥‥ぃたいよ‥‥」
『うん。土産持って帰るから、も少し待っててな』
「うん‥‥うんっ‥待ってる、から‥‥‥」
『‥‥拓真とリサそこにいんの?』
「‥ん、‥‥今は、下にいる」
『あとで連絡するって、2人に云っといて』
「うん‥‥」
───今下に降りてったら、泣いてたってまるわかりだな‥‥ちょっと落ち着いてから行こ‥‥‥‥
ユイは通話の切れた携帯を見つめ、鼻を啜った
久々に兄の声を聴くと驚くほど安堵し、箍が外れたように涙腺が崩壊してしまった
軽く目を擦り、尊から譲り受けた愛機のレスポールに目をやる
大好きな兄から貰った、大好きなギター
幼少期、悪意に傷付いたユイの心を癒したのは、このギターだった
ユイが虐待されていたことにより、尊もまた心に深く傷を負った
何故もっと早く気付いてやれなかったのかと悔やみ、悩んだ
その事実を忘却させるかのように、尊はギターを弾き始めた
虐待のことなどおくびにも出さず、笑み、自慢気に奏でていた
そのギターを、ユイは隣でずっと聴いていた
積もる話が沢山ある
尊が帰ってくるまであと3日
ひょっとしたらその3日間の間にまた過呼吸になるかもしれない───不安で仕方ないが、何とか乗り切ろうと腹を括る
暫し尊が弾いていたギターを思い出しては懐かしみ、ユイは部屋を出た
***
先程リサが淹れた焙じ茶は既に冷めており、リサは再び湯を沸かし始める
拓真と菱和は椅子に座り、一息吐いた
「‥‥‥ひっしー、ありがとね」
「‥なした、急に?」
「ん、うん‥‥ひっしーが居てくれてほんとに助かったな、って。‥‥有難う」
「好きでやってることだから何も気にしないで。俺でも力になれることあんなら、幾らでも利用して構わねぇから」
「‥‥ひっしーてさ、ほんと良い奴だよな」
「‥‥‥そうか?」
「うん。ユイの好きな人がひっしーで良かったなって、ほんとに思うよ」
「‥‥‥‥」
───好きな人、か
菱和はふ、と柔らかく笑った
「‥‥、電話、終わったの?」
リサが2階から降りてきたユイに気付き、声を掛けた
ユイは、薄く笑って頷いた
「うん‥‥」
「あんたもお茶飲む?」
「‥うん」
返事をすると、ユイは拓真の横に座った
泣き腫らした目が、充血しているのがわかる
だが、誰もその事を気に留めるようなことをしない
その空気が、ユイを殊更落ち着かせた
リサが急須に熱湯を注ぎ始め、香ばしい香りが漂う
「たけにい、何だって?」
「29に、帰ってくるって。‥‥それと、あとで拓真とリサに連絡する、って」
「そっか‥‥わかった」
「29‥‥まだあと3日あるね」
それぞれの前に湯呑みを置き、リサも着席した
「──────俺んち来る?」
「‥‥ふぇ‥?」
ユイはきょとんとし、間の抜けた声を出した
『尊が帰ってくるまでの間、うちに泊まっていれば良い』
拓真とリサがそう云おうとした矢先の提案だった
「親父さんもそれくらいには帰ってくるんだろ。‥‥っつーか一人じゃ置いとけねぇ。今日から兄ちゃんと親父さんが帰ってくるまで、うちおいで」
そう云って、菱和は先程と同じように笑む
「そうすれば?ユイ」
「菱和のとこなら、何の心配も要らないね」
拓真もリサも、菱和の提案に賛同した
しかし、ユイはなかなか首を縦に振らない
「‥や‥‥‥でも、悪いし‥‥」
一体、今更何が悪いというのだろう───
3人はそう思った
呆れた顔をして、菱和は溜め息を吐いた
「お前、この前何泊した?」
「‥‥2泊」
「1日増えるだけだろ。どうってことねぇよ」
拓真はくすくす笑い、席を立った
「3泊分の着替え、適当に詰めるぞー」
「‥歯ブラシ持ってくるね」
リサも席を立ち、洗面所に向かった
「ほんとに、良いの?」
「何が?」
「アズだって、年末だし実家帰んなきゃなんないんじゃ‥‥」
「兄ちゃんと親父さんが帰って来たら帰るよ」
「‥‥‥‥」
菱和の提案は有り難かったが、ユイはまだ快諾出来ないでいる
懸念はやはり、また過呼吸になってしまうかもしれないという危惧
例え3日間とはいえ、迷惑を掛けるようでは本末転倒と思える
無論、菱和にとってそれくらいのことは想定の範囲内であり、何やら躊躇っている様子のユイにだめ押しした
「‥‥一人の方が良い?」
「‥‥‥んーん‥‥」
「じゃあ、一緒にいよ」
酷く穏やかに笑む菱和
この表情に、沢山救われてきた
弱い自分すら受け入れてくれることが、嬉しく、情けなく、申し訳なくてならない
ユイは、また溢れ出そうになる涙をぐっと堪えた
「‥‥冷めるから飲みな。美味いよ」
菱和はユイの手を握り、湯呑みへと促した
ユイは照れ臭そうにして湯呑みを持ち、一度だけゆっくりと頷いた
- トラックバックURLはこちら
