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102 THE‐PAST②
「───ユイ!!」
ユイは怯えた表情で膝を抱えていた
3人の姿が目に写ると、肩を竦ませる
「‥‥ぁ‥‥‥っ‥ここ‥‥は」
「お前の部屋だよ、大丈夫」
拓真とリサはユイを挟んでベッドに座り、菱和はユイの前に跪く
ユイは3人に囲まれ安堵の表情を浮かべ、震える自分の手にそっと添えられたリサと菱和の手をぎゅ、と握った
ふと、リサの手に貼られた湿布と菱和の手に巻かれている包帯が目に入り、冷静さを取り戻す
「───‥‥‥その手、ど‥したの‥‥?」
「‥力いっぱい握ってたもんね。‥‥それくらい必死だったんだよね」
リサは薄く笑い、今一度ユイの手を握った
「俺が、やったの?‥‥、アズの手、も‥?」
「‥‥俺のは“単独事故”」
「‥事故‥‥?」
「はー‥‥ほんっとにどうしょもないんだから」
「何だよ、ちゃんと謝ったろ」
「血が出たことに変わりないでしょ!?もう、バカ」
「お前が“こう”なってたかもしんねぇじゃん。そっちのがやだよ」
「そんなの気にしないし。‥やっぱ私が殴れば良かった」
「俺が傍にいるときゃ、ぜってぇそんなことさせねぇ」
「‥‥あっそ」
溜め息を吐くリサとあまり反省の色を見せていない菱和のやり取りを見て、拓真はくすくす笑った
「‥あの、俺‥‥」
「‥‥教室で過呼吸んなったんだ。覚えてる?」
「ん、うん‥‥みんな待ってると思ったから急いで教室戻ったら、工藤がいて‥‥それで‥‥‥‥」
「うん」
「‥‥『片親だから』どうとか云われて‥‥‥」
「うん」
「‥‥‥‥、‥‥昔のこと、少し思い出した。そしたら急に目の前が暗くなって、息出来なくなって‥‥‥」
『お前なんかいなくなっちまえ』
工藤が放った一言は、ユイの記憶と結び付き、呼び覚ました
“案の定”と思い、拓真は溜め息を吐いた
「やっぱそうか‥‥」
「ほんっっと最悪なことしてくれたよね、あの工藤とかいう奴」
リサは未だ、自分が工藤を殴れなかったことを悔やんでいた
「‥‥ごめん。折角みんなでPANACHE行こうって約束してたのに‥‥‥」
「はい、気にしなーい。PANACHEなんていつでも行けるっしょ。冬休み中にカナちゃんと上田誘って、みんなで行こ」
ただでさえ
拓真たちを待たせていたのにも拘わらず、過呼吸になった挙げ句失神してしまった
約束していた“クレープ祭り”を台無しにしてしまった
わざわざ自宅まで送り届け、ベッドに寝かせてくれていた
そして、目を覚ますまで待っていてくれた
様々な失態に対しての罪悪感が募り、申し訳なさで一杯になるユイは今にも泣き出しそうな顔をしている
菱和はユイの手をぎゅ、と握り、その顔を見上げた
「───ユイ」
「‥‥ん‥」
「2人から聞いた。‥‥昔のこと」
ユイは何度か目を瞬き、ほんの少し首を傾げた
「‥‥ひっしーになら、話しても大丈夫かと思ってさ」
「っていうか、私たちがこいつに聞いて欲しかったの。‥‥勝手に話してごめん」
「う、うん、そっか‥‥だいじょぶ。‥‥‥アズになら、聞かれても平気」
ユイは、半ばほっとしたような顔をした
「‥‥結構波乱な人生歩んでたんだな」
「‥‥‥重かったでしょ」
「‥誰にだって思い出したくない過去くらいあるだろ。別に昔の話聞いたからって、お前らから離れるつもりねぇから」
揺るぎない自信を携えた言葉だった
拓真もリサも改めて安堵し、ユイも少し顔を綻ばせた
「‥‥アズ‥‥‥ありがと」
菱和はふ、と笑み、ユイの頭をぽん、と叩いた
そして、徐に立ち上がる
制服のブレザーを脱ぎ、シャツのボタンを外し出した
「‥ひっしー‥‥?」
「───え?ちょっ‥‥!何してんの‥!?」
リサは思わず顔を赤らめる
「何だよ、男の身体見んの初めてか?」
「や‥ちょっと‥‥!」
狼狽えるリサをおちょくりつつ、菱和は順調にシャツのボタンを外していく
半分ほど外すと、下に着ているTシャツごと、制服のシャツをぐっと開いて見せた
鎖骨の下辺りに、歪な傷痕がある
拓真は驚愕ので目を見開き、リサはひっ、と息を飲んだ
ユイには見覚えがあった
初めて菱和の自宅に一泊した翌朝に見た傷痕、瞬時に“見てはいけないもの”と察したが特に何のお咎めもなかった、あの傷だ
「──────‥‥‥‥母親だった奴のカレシに、刺された痕」
「‥‥‥母親“だった”‥‥?」
言葉が過去形であることに、疑問を持つ拓真
「今の母親は、血は繋がってっけどほんとの母親じゃなくて。‥‥正確には、“伯母”にあたる。俺、14ん時から伯母の養子なんだ」
そこまで聞いただけでも、複雑な事情が見える
ユイも拓真もリサも、驚きの表情を隠せない
3人が黙って見守る中、菱和はゆっくりと自分の過去を語り出した
「‥‥母親だった女は、16だかで俺を産んで、相手の男はもう誰だかわかんなくて。“新しい父親”ってのが次々現れて、子供心に『これは普通じゃねぇ』ってずっと思ってた。‥‥‥そのうち“あの女”が家に帰ってこなくなって、中学入ってからはほんと好き勝手やってた。家にゃ誰もいねぇし、学校サボってつるんでた奴らと喧嘩ばっかやって。何だかんだ、あの頃あの頃で充実してたような気がする。端から見りゃ荒んだ私生活だったけど、何つーか‥‥色んな意味で自由だった。‥‥‥‥この傷が出来るまでは」
5年前のとある日の夜、事件は起きた
長らく自宅に帰らず夜半過ぎまで遊び回っていた菱和は、喧嘩仲間と下らない約束をした後久々に帰宅した
そこには見知らぬ男がおり、菱和は“母親の新しい男”なのだと直感する
無視していると、男は菱和をパシりにしようと管を巻いてきた
無視し続けていると唐突に殴って来、菱和は反射的に殴り返した
すると、激昂した男は台所から包丁を持って来た
「───気付いたら“ここ”に包丁刺さってて、気付いたら刺さったまんま馬乗りんなってそいつのことボコってた。包丁抜いて、そいつに突き立ててた。‥‥そのうちあの女が帰ってきてさ、すげぇ顔してんの。当然だわな、カレシは息子にボコられてるし息子は胸から血ぃ流してるし、包丁転がってるし。何もかも血塗れでさ。当然警察沙汰んなって、俺は児相に連れてかれた」
「‥“じそう”?」
「児童相談所。母親のネグレクト‥“育児放棄”と、カレシは“殺人未遂”っつーことで。その後も色々あって、最終的に伯母に引き取られて‥‥‥‥で、現在に至ります」
菱和は制服を着直し、ユイの前にしゃがみ込んだ
「‥お終い。‥‥重かったろ」
ユイは目を丸くしている
拓真もリサも、驚愕の表情で菱和の話を聞いていた
「‥‥めちゃくちゃヘヴィだね、ひっしーも‥」
「‥‥何でそんな話してくれたの‥?」
「いや、ユイの話だけ聞いといて俺が話さないのは不公平かな、って。‥‥それにただの昔話だ」
壮絶な過去を晒した菱和は一人、あっけらかんとしている
「これで“あいこ”」
軽く笑み、ユイの頭を撫でた
───長い間、ほんとに“独り”だったんだ、アズは‥‥
いつか感じた菱和の孤独感が再び思い起こされ、胸の辺りがぎゅ、と苦しくなる
「‥‥俺らにまで話してくれて、有難う」
「なんも。逆に、聞いてくれてどうも」
「‥‥あんたって、妙に達観してると思ってたけど、そういうことがあったからなのかな、多分‥‥」
「‥達観、か‥‥‥どうなんだろな。自分でも怖えぇくらい『冷めてんなー』と思うときはあっけど‥‥でも今は、ほんの少しだけ感謝してんだ」
「‥‥感謝」
「俺が伯母に引き取られてなかったら‥‥果ては“あんな”状況になってなけりゃ、お前らと会うこともなかったんだろうな‥とか思うと、さ」
そう云って、菱和は穏やかな顔をした
過去を乗り越えたからこそ得られたもの
その価値を考えると、自分が置かれていた状況に感謝せざるを得ない───菱和はそう思っていた
だからと云って、“大人たち”の行為は赦されるものではない
感謝している場合ではないのでは、と思うも、今こうして自分達の輪の中に菱和が居ること、居てくれることは、心強い
リサは妙に納得し、少し頷いた
「それは‥そうかもしんないね‥」
出会った当初から、大人びた印象だった菱和
その壮絶な過去の出来事は、自分ならばきっと『耐えられない』と感じる
途端、ユイは“弱い”自分が恥ずかしくなった
「───‥‥‥やっぱり、アズは強い、ね。‥‥俺、アズと同じ状況だったら、とてもじゃないけど感謝なんて出来ない。‥‥きっと、さっきみたいに過呼吸んなって、卒倒する」
「‥良いんだよそれで。お前はそれで良いんだ。大体、脆弱性なんて千差万別なんだから」
「“ぜいじゃくせい”‥‥?」
「どんだけ弱くて傷付きやすいか、ってこと」
「っていうか、そこは他人と比べるとこじゃないでしょ。‥‥たまたまこいつが“打たれ強かった”ってだけだよ」
リサは少し意地悪そうな顔をして云った
苦笑いをしつつ、拓真はリサの話に賛同する
「そーそー。強そうに見えても、案外脆くて弱い人ってたーーーっっっくさん居るよ。勿論、その逆もね」
「‥‥虐待されてる子供は大概、加害者を悪く云わねぇんだ。あくまでも『自分が悪い』って云うんだと。‥‥そりゃ日常的に『お前が悪い』って云われて育ちゃ、そう思い込むのも無理ねぇかなと思うけど。そういうとこに付け込んだのかもしんねぇな、そのオバサン」
「‥‥そうだね‥‥‥‥」
「っていうか、ひっしー詳しいね、そういう心理的な話」
「ああ、中学んときの喧嘩仲間に施設育ちの奴が居てさ。そいつがよく漏らしてたってだけの話」
「そっ、かー‥‥」
菱和にはきっとまだまだ自分達の知らない過去が沢山ある───
拓真とリサは、そう思った
「‥‥強かろうが弱かろうが、そんなん関係ねぇよ。佐伯もリサも俺も、“そのまんま”のお前がいちばん好きなんだって。‥それだけは忘れんなよ」
菱和はユイに向き直り、優しくそう云った
3人の顔は、皆一様に穏やかな表情
いつまでも変わらない幼馴染みの拓真とリサ
過去を知ってもなお傍に居てくれ、また自らの過去も晒した菱和
云い表せないほどの感謝の気持ちが、溢れ出て止まらなくなる
「───‥うん‥‥‥うん‥‥っ‥、‥‥」
ユイは次第に肩を震わせ、溜まっていた涙をぼろぼろと溢し、顔をくしゃくしゃにして泣き始めた
恥さえも憚らず、3人の前で泣きじゃくった
拓真もリサも菱和も、ユイが泣き止むまでその傍を離れず、ただ見守った
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